巻頭言:主任司祭 晴佐久昌英「デジタル世界の市民となりましょう」

デジタル世界の市民となりましょう

主任司祭 晴佐久 昌英

 試しに、ネットで検索してみてください。「多摩市教会」で検索すると、カトリック多摩教会がトップに出て来ます。「多摩市キリスト教」でも、トップです。
 これは、とってもすごいことです。検索の順位は、アクセス数を始めとするいくつもの要素を元にほぼ自動的に決まってくるものであり、作為的な要素がないかぎりは、実際に重要なものほど順位が高くなる仕組みだからです。カトリック多摩教会が検索のトップに出てくるということは、この教会がこの地域においていかに重要な働きをしているかということを物語る、明白な証拠でもあるのです。
 たとえば、多摩市に住んでいる誰かが、試練の中で救いを求め、近くの教会に行ってみようと思ったとしましょう。パソコンで「多摩市教会」と打ち込むと、トップに「カトリック多摩教会」と出てきます。トップに出てくる教会ってどんな教会かなとクリックしてみると、多摩教会のホームページが現れます。スッキリとした分かりやすい画面と、初めての人に親切な内容。記事も豊富で更新も頻繁、見るからに温かい雰囲気です。ホームページを見慣れた人なら、ここが生き生きした教会であり、「だれでもおいでください」という熱意を持って、ていねいに受け入れ体制を整えていることがすぐわかります。
 そうして一人の神の子が、実際に教会の門をくぐり、福音に出会って救われ、試練を越えて生きる喜びに満たされるならば、教会のホームページはそのまま天国のホームページになっていると言えるのではないでしょうか。

 今年の新受洗者に、ネットの情報がどれくらい影響しているかを尋ねてみました。
 1:「インターネットの情報がなかったら、多摩教会に来ることはなかった」
 2:「インターネットの情報は、多摩教会に来るにあたって非常に役に立った」
 3:「インターネットの情報とはそれほど関係なく、多摩教会に来た」
 この3つのどれが当てはまるかを聞いたところ、それぞれおよそ三分の一ずつでした。私が多摩教会に着任してから6年間の成人の受洗者は約180名ですから、単純計算するとそれぞれが60名ほどということになります。
 多摩市にキリスト教の教会は数多くありますが、そんな中で、もしも多摩教会のホームページが検索の順位でずっと下位の方だったならば、また、「福音の村」も始めていなかったならば、60名ほどの人は確実に多摩教会に来ていないし、さらに60名ほどの人が来ていなかったかもしれない、ということです。

 教皇フランシスコは、2014年の「世界広報の日」メッセージで語っています。
 「インターネットによって、キリスト者のメッセージを『地の果てに至るまで』(使徒言行録1・8)届けることが可能です。教会の扉を開いておくということはまた、デジタル環境においても扉を開いておくことを意味します。それにより人々は、人生のどんな状況にいても教会に入ることができ、それによって、福音がすべての人に届けられるのです」
 そして、「大胆に、デジタル世界の市民となりましょう」と励ましておられます。

 いまや、ソーシャルネットワークの時代です。ホームページ、ブログ、Eメール、フェイスブック、ツイッター、ライン、ありとあらゆるツールを使って、福音を発信しましょう。神の愛を語り、救いの喜びを証しし、「福音の村」を紹介し、多摩教会を宣伝し、様々な教会のイベントに誘いましょう。毎週のように福音を聞いているのですから、毎週のように福音を語りましょう。ネットを使えばチャンスは無限です。一日に一回はパソコンの前に座り、あるいはスマホを手にして、福音を流してください。
 あなたにほんの少しの情熱さえあれば、送信ボタン一つで、大航海時代の宣教師千人分の働きができる時代なのですから。