巻頭言:主任司祭 晴佐久昌英 神父

本物のよろこび

主任司祭 晴佐久 昌英神父

 この夏は、二度、奄美大島へ行ってきました。七月には皆既日食を見に、八月には例年の無人島キャンプへ。どちらも無事終ってほっとしているところです。
 皆既日食は一年前から綿密に計画していたこともあり、海上保安庁から三つの海域の航行許可を取っていたので、当日雲間を探して船で喜界島沖へ向い、薄日ではありましたがなんとか見ることが出来ました。他の海域や島々は悪天候でほとんどの人が見ることが出来なかったようですが、我々はちゃんとダイヤモンドリングやコロナを見ることの出来た数少ない日本人ではないでしょうか。
 皆既日食を体験して一番感じたのは、単純に「おそれ」です。恐怖というのとは違う、たぶんこれが「畏怖の念」という感覚なのでしょう。日ごろすべて人間中心に生きていて、人間の力で何でもできるような錯覚に捕らわれているけれど、さすがに太陽が暗くなると何か偉大で圧倒的な力を感じて、「人間ごとき」はひれ伏すような気持ちになりました。一度この感動体験を味わうとどうしてももう一度体験したくなるらしいとは以前から聞いていて、そうは言っても自分は無縁だろうと思っていたら、すでに仲間内では来年の皆既日食を見に行こうという計画が進んでおり、今度はイースター島かクック諸島ということで、気がつけば立派な「日蝕ハンター」になってしまいました。

 無人島キャンプの方は同じ島に毎夏通って、もう23年目です。よくまあ飽きずにと思われるかもしれませんが、これもある意味創造主の偉大な力を体験しに行っているようなもので、年に一度は人間の力を離れて、海と空と風に包まれています。全くの無人島で珊瑚礁の海に潜り、満天の星空を仰いで過ごす一週間は、これまた一度味わってしまうとどうしてももう一度という感動体験であり、隊員たちは無理して休みを取っては毎夏繰り返し参加しています。
 今年うれしかったのは、十年ほど前のオニヒトデの大繁殖が原因で絶滅していた珊瑚が、まだ2割程度ではあるけれど確実に復活しているのを確認できたことです。来年は3,4割まで戻るでしょうし、この分だと5年もすれば7,8割は復活しそうです。サザエはあまり獲れなかったけれど、銛で平目を二匹突くことが出来ました。大きな五色エビを捕まえ損ねたのも忘れられません。早朝、前の浜で大きな遊泳物体を目撃して騒ぎになり、付近でアオザメが数匹出没したという情報と合わせて青ざめたところで帰ってきましたが、いずれにせよ大自然相手というのは本当に気持ちのいい体験で、とてもやめられるものではなく、ベースキャンプの宿はまた来年分も予約済みです。

 そんなキャンプに、今年はなにやら不穏な気配が漂いました。ベースキャンプでは準備と片付けのため前後二泊ずつするのですが、その準備中、付近を警官がうろうろするのです。その島には警察もなく、超過疎地の集落をパトカーが見張っているなんて経験のない異常事態です。しまいに、キャンプ用品を並べて庭で作業している様子を制服警官が写真に撮って行ったそうで、宿のおやじが大変不審がっていました。
 無人島から戻って、片付けの時にその原因が分かりました。7月の日食の時に近くのホテルで、元アイドルの有名女優が覚せい剤を吸ったというのです。あたりはサーファーの若者が集るエリアということもあり、警察は警戒していたというわけです。
 その後の大騒ぎは、ご存知のとおり。先日はその女優が保釈され、涙の会見をしている姿を見て胸が痛みました。たとえ実刑を受けても、完全に覚せい剤と縁を切れるのは百人に一人とさえ言われているからです。確かに手を染めたのは犯罪ですが、麻薬や覚せい剤は、一度体験してしまうと本人の力では逃れられなくなる、残酷な快楽です。あまりにかわいそうで、ため息が出ます。
 いっそ、信仰という本物のよろこびを学べるぼくらのキャンプに来ればいいのに。そうすれば同じ中毒でも、日食中毒や無人島中毒になれるのに。覚せい剤なんかよりよっぽど気持ちよくて、よっぽど感動して、やみつきになりながらも最高の幸せを知ることが出来るのに。日食のときなんか、悪天候のホテルにいないで一緒に来れば、「太陽と共に捧げるミサ」まで出来たのに。