連載コラム:「連載コラムを振り返る」

「荒野のオアシス教会を目指して」

やさしく、あたたかく、心からのオアシスづくり
連載コラム「スローガンの実現に向かって」第84回
連載コラムを振り返る

和田・東寺方地区 竹内 秀弥

 このコラムは晴佐久神父様の提案がきっかけとなり、設けられたものですが、今月のコラム執筆の依頼を受け、悩んだあげく、このコラムのトップバッターは、自分だったことを想い起こし、コラム創設の経緯について書いてみることにします。
 晴佐久神父様は、2009年4月に当教会に赴任され、それから半年ほどの時期に旭川六条教会から献堂記念講演の依頼を受けられました。私もこの地で暮らしたことがあり、帰られた神父様と旭川の話に花を咲かせた中で、旭川の教会報をもらってきたと、メモを付けて渡されました。そのメモには「信仰の分かち合い」という記事、なかなかいいでしょう? 真似できるかも? と書かれており、この提案を受けて、翌年の3月号からコラムがスタートすることになりました。
 物書きのプロの神父に、なかなかいいでしょう、と言わせた旭川の信徒の方の文章とは、どんなものだったのかと読み返してみました。要約すると以下のようなものです。

 私は、昨年50歳で結婚、幼児洗礼だった自分は、30年以上も教会を離れていて、この結婚を機に教会に復帰はしたものの、「ただ毎週ミサに与っているだけで、果たして真のカトリック信者と言えるのか」という疑問が常に頭から離れずにいた。そのことを妻に話したところ、アルファ・コースを紹介された。これは全世界で行われているキリスト教を分かりやすく教える入門講座で、その内容は、毎週テーマを絞ったビデオでの講話を聴き、それについて12名ほどで、分かち合いをすると云うもの。人前で意見を述べることが、大の苦手の自分に最後まで続けられるか不安があったが、毎週日曜の午後10週間、札幌まで通った。このコースは、実に綿密に構成され、答え易い質問が投げかけられて、知らず知らずの内に、参加者は心の扉を開いて、イエスに近づいて行く。
 このクラスの中で、幼児洗礼は自分一人で、他の方が強い信仰心を語られる姿に圧倒されていたが、自分もこのコースに参加したからには、聞いているだけでは意味がないと、虚勢を張らずに現在に至る信仰生活を、ありのままに話した。高校3年までは毎週教会に行っていたが、親元を離れてからは教会から離れた生活を、何十年も送ってしまった。それでも心の底には毎晩家族で祈っていたことなどを思い出していたが、結婚を機に信仰生活に復帰できた。恥ずかしい信仰告白だったが、ここで全く予想もしなかったことが起きた。皆さんが私の話に聴き入り、大きくうなずき、感銘を受けられたようで、特に「毎晩家族そろって祈っていた」ことに大きな反響があった。そして、このコースの終盤に、リーダーからあなたの信仰が消えなかったのは、ご両親がいつもあなたのために祈っておられたから、そして家族で毎晩祈っている信者なんてそうそういませんよと、言われた。
 その日、帰宅して、コースのことを妻と分かち合っていたその時に、強烈な「気づき」を体験した。それは、これまで私の結婚が最大の神の仕業と思っていたが、そうではなく、幼児洗礼こそが、神の最高の恵みだったのだと、気づいたことだ。その幼少期の信仰体験をメンバーに何気なく語ったことが、皆さんに感銘を与えたのだ。さらに自分の信仰を築いていくため、聖霊の働きによって同じ志を共にする人たちと地区長の鈴木神父様の協力を得て、この4月に旭川教会にアルファ・コースを開くことができた。自分はこのコースを通じて、神を知らない人たちに福音宣教を行い、私自身が一歩でも神に近づきたいと思っている。

 以上が文章の要約です。
 私の書いた第1回のコラム「我が故郷の上杉鷹山に習って」の感想を、当時、恐る恐る神父に伺うと、「アーあのお国自慢ねー」の一言でした。田舎の図書館から資料を取り寄せたり、友人に意見を求めたりと、それなりに苦心して書いたつもりでしたが・・・。
 最後に今後とも、「荒れ野のオアシス教会を目指して」というタイトルに相応しいページになるよう皆さまのご協力をお願いします。