多摩カトリックニューズ表紙へ戻る

2010年5月号 No.441  2010.5.22

オアシス広場
晴佐久 昌英 神父
オアシスである教会 下津 ひとみ
献堂10周年記念行事 北村 司郎

オアシス広場

                         主任司祭 晴佐久 昌英神父

 多摩教会献堂10周年を迎えました。10年はあっという間と思う人も多いでしょうが、10年ひと昔でもあります。過ぎし10年の実りを心から感謝すると同時に、次の10年に向けて、10年前の熱い初心を思い起こしましょう。
 当時の献堂記念誌を開くと、教会委員長がこう書いています。「この聖堂に地域の人々と共に集い、黒光りするようになるまで使いましょう。聖堂は、使われることによって、はじめて生きている聖堂になります。大いに使い、床や、柱や、取っ手がすり減るくらい活用しましょう」。今回、10周年記念事業の一つとして床のすり減ったところを修理し、それはまさしくこの聖堂が生きているしるしと言えますが、それは「地域の人々と共に」であったかどうか。
 聖堂建設委員長は、こう書いています。「私たちはこの聖堂を建てる前に確認しました。この聖堂を宣教活動の拠点にしよう。地域社会のために開かれた聖堂にしよう。(中略)教会の目標は宣教活動です。聖堂建設を私たちの自己満足に終わらせないためにも」。今回、10周年記念事業のメイン事業として教会看板の設置も実現しましたが、それはまさしくこの聖堂が宣教の拠点として地域社会のために開かれていることのしるしとなるためです。
 主任司祭は、こう書いています。「神によってこの聖ヶ丘の地が選ばれ、しかも大聖年に鎌倉街道から一目で教会とわかる聖堂をお与えになったのは、『多くの人々に神の愛を宣べ伝えろ』という神の強いご意志による」。

 「カトリック多摩教会」という大きな看板を設置することを強く願った理由は、そのご意志をいっそう発展させていくためです。地域社会と言うなら、まずはそこにカトリック教会があることを認知してもらわなければ話が始まらないからです。
 初めて多摩教会を訪ねてきた一人のシスターが言うには、バスを降りて見回しても教会がわからず、鎌倉街道を歩いて来てちょうど教会の正面にあるトヨタの販売店で「この辺に教会ありませんか」尋ねたところ、店員はみな首をかしげるばかりで誰ひとり目の前の教会を知らなかった、と。一事が万事。これは放っておけないと思いました。そこにカトリック教会があると知らないということは、そこに天国の入り口があると知らないということですから。
 設置された看板をご覧になったでしょうか。もう、トヨタさんに知らないとは言わせません。大きな文字が遠くからでもよく見えて、誇らしい気持ちです。ぜひ、夜も見に来てください。文字が光るのです。わたしはうれしくて、毎晩うっとりと眺めています。つい先日などは、文字に光がともる瞬間を見ようと暮れなずむ橋の上で待ち構え、光った瞬間拍手しました。電気代が安く耐久性に優れたLED内蔵で、輝度抜群です。言うまでもなく、その輝きはキリストの光です。看板はただの名称の表示ではありません。「カトリック多摩教会」という光る文字は、「あなたに神の愛を伝えたい、私たちは本気です」という、意思表示なのです。
 さっき目の前の鎌倉街道の交通量を調べたら、5分で228台でした。おそらく一日3万台は通過しているでしょう。その多くは繰り返し通っているはずで、そのたびにチラリと看板を目にしては「ああ、あそこにカトリック教会があるな」「あそこにカトリック教会があるな」と、次第、次第に洗脳されていくのです。ふふふ。

 そんな人々がやがてふらりと教会前まで来たときのために、聖堂に向って左側のスペースにテーブルとベンチを並べ、大きな日よけパラソルを広げました。茶色い柄の上に緑の傘が開くとまるでヤシの木のようで、これぞ荒れ野のオアシス。その名も、「オアシス広場」と名づけました。日曜日はミサ後の歓談や軽食のテーブルとして活用していただきたいのですが、オアシスの本来の目的は、あくまでも旅人の歓待です。ある日、聖霊に導かれて通りかかった旅人に「どうぞひと休みしていってください。今、コーヒーをいれますから」と、みんなでもてなしましょう。おいしいコーヒーに一息ついたその旅人は、まだ知りません。自らの人生の旅路の真の目的地が、すぐ目の前の階段を上ったところにあることを。
「よろしかったら、聖堂をご案内しましょうか?」

連載コラム「スローガンの実現に向かって」第3回
《オアシスである教会》

                         下津 ひとみ

 教会学校の小学生を担当するようになって、早くも七年程になりますが、子ども達と毎週接する事は、私のとって大きな喜びです。
 小学校一年生から六年生までというと、子どもが大きく成長する時期です。小さかった子が大きくなると同時に、知恵も増して、しっかりとした考えを持ち始める時期。そんな子ども達にとって大事な時期に、日曜日のミサ後の短い時間とはいえ接する事ができるのは、楽しく幸せなひと時です。
 祭壇の向かって右側、二番目の席に、教会学校の子ども達はミサの間座っています。私が端に座り、子ども達が隣に座って来ます。教会学校に来て間もない子には、典礼聖歌集をページではなく、番号で開くという事、聖書と典礼の朗読箇所や祈りの箇所について教えたりします。特にご聖体をいただく時には、立っていただくのを忘れている子や、初聖体がすんだかどうかはっきり覚えていない子もいて、注意が必要です。そういう訳ですから私にとってミサの時間は、いつも子ども達と共にあっという間に過ぎてしまいます。
 「子ども達のお世話がたいへんでしょう」と、よく皆さんから声をかけていただきます。しかし、ミサ前の子ども達との短い会話、ミサの最中に子ども達とくっつきあって座っている事、そういう一つ一つの事が、つらい事、悲しい事があって「今日は、教会に行く元気もないなあ」と思える日にも、不思議と私に大きないやしを与えてくれるのです。教会学校のそれぞれの子ども達が、幸せ一杯で育っているのではなく、将来を思うと胸が痛むような事も多くあります。しかし、子ども達の持つ天真爛漫さ、純粋さ、真っ直ぐな思いが私の心に暖かいものを与えてくれるのだと思います。
 そういう教会学校の子ども達が演じ、歌うクリスマスの聖劇。だからこそ、初めて教会に足を運んだ方々、洗礼を受けていない方々、信徒やシスター方にも、感動を与えるのだと思います。イエス様は「子ども達を私のもとに来させなさい」と、おっしゃいました。
 教会のこども達は、私達の宝であり、将来への希望です。私達教会学校の担当者四名(小俣・塚本・下津夫婦)も、この先教会を担っていく子ども達に、しっかりと教会の事を伝え、神様、聖書の事を伝えていきたいと考えています。又、春からは、シスター林も担当して下さる事となりました。
 オアシスとなる教会とは、子ども達が集まり、明るく元気にしている教会だと思います。私達は、そういう姿を見て、いやされ、励まされていくものだと思います。生き生きとした子ども達がたくさんいる多摩教会、そこには、オアシスがあるという証明ではないでしょうか。
 最後に、教会学校について、ご紹介したいと思います。
◎ ひよこ組
 生まれてから、小学校入学前の子ども達と親。月に一度、信徒館和室にて、日曜日のミサ後活動しています。
◎ 教会学校
 小学校一年生から六年生までの子ども達。日曜日のミサ後、信徒館二階にて、活動しています。春休み、夏休み、冬休みを除き、ほとんど毎週集まっています。行事としては、遠足、初聖体、合宿、聖劇参加等です。歌の練習、紙芝居による聖書の学びを行っています。
◎ 中高生会
 中学生から高校生までの子ども達。日曜日のミサ後、信徒館二階、中高生室にて活動しています。映画を見に行ったり、合宿に行ったりという行事を行っています。

 このように、多摩教会では、子ども達は、誕生から高校生になるまで、集まる場があります。ここで、子ども達は、学年をこえた長いつきあいとなる友人を、多く作る事ができます。
 該当するお子さんをお持ちの方々、いつでも教会学校の各クラスにおいで下さい。お待ちしております。

献堂10周年記念行事

                      副委員長 北村 司郎

 今年5月で献堂10年を迎える為、記念行事を行いたい、という希望が昨年からあり、実行委員会を作って対応することになった。実行委員会では記念ミサ、記念事業(看板設置、床のワックスがけ、難聴者のための設備設置)、記念コンサートを行うことを計画した。司牧評議会で原案どおり承認された。また、献堂10周年ということで、外部にはあまり広げることをせず、歴代の神父様と聖堂に関係された方々をお呼びするにとどめようと計画した。
 そして、去る5月9日、五月晴れの中で、10周年記念の感謝のミサを主任司祭2代目の小宇佐神父様、4代目の宮下神父様、聖堂のステンドグラスを作成したカルペンティール神父様、晴佐久神父様の共同司式で行った。その説教の中で宮下神父様は「聖堂は信徒の皆さんとひとつずつ積み上げた結果出来上がったもの」と話され、信徒の総意がこの聖堂の原点であることを強調された。「聖堂を建てるかどうか、についても95%以上の方の賛成があってのことであった。」「私はそのまとめ役をしただけで、建設したのは皆さんである。」
 カルペンティール神父様はステンドグラスの図柄の意味を分かりやすく説明してくださった。正面のところに山上の説教の場面があるのは「創立当初、聖蹟記念館で野外ミサを行ったことを記念して入れて頂いた。」という宮下神父様からの追加説明もあった。
 ミサ後、祝賀会では最初に小宇佐神父様から「私が土地探しから今の土地を決定したことになっているが、実はこの土地を最終段階では私は見ていない、病床で話を聞き、承認した。」という意外な話も聞かれ、晴佐久神父様の乾杯の音頭で祝賀会が開会した。予想以上の参加者の多さで、信徒館ホールは立すいの余地もないほどで、行事部、各地区で用意した料理やバーべキューの焼きそばを食べながら献堂10年を祝いあった。聖堂のキリスト像や十字架の道行き等については、当日配布したニューズ特別号を参照していただきたい。十字架の道行きを作成した小佐野氏は当日、所用で参加できないのを残念がっていた。
 この10年を記念した事業として、「カトリック多摩教会」の看板をのり面に設置した。LED電球を組み込んだ看板で、夜は相当の明るさになり、これで教会の存在も周知されるはずである。また、聖堂の床面のワックスがけも今までは信徒の手作業で行っていたが、今回は業者にやっていただいた。難聴者のための設備も今年度中には記念事業として実施する予定である。それらに加えて、23日にはBr.ダミアン原田さんのオルガン、チターコンサートを行う。ブラザー原田は建設資金を集めるためにご協力いただいた方で、教会やパルテノンのホールでコンサートを開いてくださった方である。
 献堂10年が経過し、手狭になった感じのする聖堂であるが、多摩教会は今年のスローガンとして「荒れ野のオアシスとなる教会を目指して」とした。教会創立当初はまさに荒れ野であったこの地も、建造物が完成した現在も精神的な意味では荒れ野であろう。この荒れ野でオアシスとなるために、この聖堂の果たす役割は大きい。聖堂があればよいということでなく、いかにこの建物を利用し、ここに住む地域の皆様にオアシス、と感じてもらえるかが、今後の私たちの課題ではないだろうか。献堂10周年を内向きに祝いあうだけでなく、外に向けての決意表明の機会にしたいものである。

多摩カトリックニューズ表紙へ戻る