投稿1:野田町教会での聖母像祝別式

野田町教会での聖母像祝別式に参加して

笹田 彩子

 5月27日、聖霊降臨のお祝い日に福島県の野田町教会に聖母像を祝別するために晴佐久神父様と多摩教会から13名の信徒が訪れました。
 新幹線で東京駅から福島へ降り立った時、朝日に照らされたビル群、爽やかな五月の空気と駅ビルのお店も様々に、車もタクシーも行き交う街は一見すると傷ついた被災地の印象は受けない活気ある様子でした。
 すぐ近くの教会に着くと満面の笑顔の信者さんたちが迎えて下さり、お御堂に入ると平屋の木造で和風の静かな懐かしい感じの造りで、毛筆で書かれた聖句が掲げられていたのも記憶にあります。簡素だけど優しい穏やかな空間で御ミサが始まりました。
 私たち多摩のメンバーは、1カ所に固まらず、野田町教会の方に混じってバラバラに散って座り、それからリードオルガン風の緩やかな前奏が流れ出しました。歌われた典礼聖歌の中で「聖霊の続唱」が綺麗で言葉が染みるようでした。今日、聖霊降臨の日に野田町教会の方たちと私たちの声が一緒になって、ひとつになって歌い、祈るのを天から神さまがお聴きになって、きっとほほ笑まれているなと思いました。
 新しく野田町教会にやって来たマリア様とヨセフ様は、幕を除いた時には最初、生真面目そうに、真正面を向いていらしたのですが、トマス神父様が「皆さんの意見を聞いてご像の向きを決めて固定したい」とおっしゃり、祭壇を挟みマリア様とヨセフ様が少し互いに向き合うような角度で会衆のほうを向いているようになさいました。それが、少し角度が違うだけで、お二方が仲良く愛のうちに見守られているような暖かい感じになったのが 不思議だと思いました。
 御ミサの後、たくさんの手作りのご馳走を一緒に頂きました。晴佐久神父様の銀祝ケーキまであり、突然のことに皆びっくり、大喜びでした。
 私は、子どもたち数人とお母様のいるテーブルでしたが、「この子たちはみんな、『教会に行くよ!』と声をかけると喜んで飛び出して来るんですよ」とお母様から伺いました。ここがみんなの居場所なのね、この教会が好きなんだねとケーキをほおばる子どもたちと話しながら、ほっとしました。一日も早く福島の子どもたちが安心して伸び伸び外で遊べる日が来ますように。不安な時、心配な時もいつもイエス様が一緒にいてくださいますように。
 原発のいらない世の中に、 一人ひとりが命を守るために賢い判断ができますように。

野田町教会聖母子像祝福

◆フォトアルバムで、野田町教会訪問の様子をご覧いただくことができます。ぜひこちらをご覧ください。

投稿2:福音コンサートに感謝です

福音コンサートに感謝です〜ボランティアチームより

岩崎 信

 2012年5月20日、快晴。初夏を思わせる日差しでした。この日、パルテノン多摩大ホールで「晴佐久昌英神父と愉快な仲間たち 福音コンサート」が開催され、多摩教会の信者を始め、各地から、900名を超える方々が来場し、午後のひと時をクラシック音楽で楽しみました。私はそのコンサートをお手伝いする事務局のメンバーでしたが、素人だけでこんな大規模なコンサートの運営ができるのかと心配な時もあったものの、神様のお計らいで無事、滞りなく終演。お客様はもちろんのこと、演奏家の方々にも喜んでいただき、運営事務局としては、ホッとしています。

それは、3月1日から始まりました
 昨年末からコンサートの話は出ていたのですが、神父様から「福音コンサートを手伝って欲しい。3月1日の晩に集合」と声がかかりました。そして司祭館に集まった私たちに神父様からお話が。「5月20日にパルテノン多摩の大ホールで福音コンサートをやります。司祭に叙階して25年。こうして司祭をやってこられたのも神様と大勢の人たちのおかげなので、みんなに音楽のプレゼントをしたい」…こう言われてお手伝いしないわけにはいきません。集まったメンバーで事務局をつくることになり、加藤泰彦さん、小野原祐三さん、私の3人が運営を担い、演奏家グループを代表して佐藤文雄さんにも参加をお願いしてスタートしました。

まずは、広報活動
 事務局がまず行ったのはパフレット作成。加藤さんに動いていただき、この素晴らしいパンフレットができました。このパンフレットを多摩教会始め、神父様がこれまで宣教活動されてきた高円寺教会や高幡教会などの小教区や各所に置いていただきました。
 次いで小野原さん担当のホームページ。パンフレットの素材を活用し、昨年末から始まった神父様のミサ説教サイト「福音の村」に掲載しました。そしてお問い合わせの電話は、小野原さんの自宅に回線を引き、奥様の里佳さんに応対をしていただくことになりました。

準備そして、ボランティア募集
 紆余曲折の中、何とか準備は進みます。お客様にどのように入場していただくか、そもそもどのくらいの来場者があるのか、長蛇の列ができたらどうしようか。神父様の新著「天国の窓」をどうやって販売するか、などなど。初めてのことですので、みんなで悩みました。そのうち話が膠着状態になり、神父様がひと言「大丈夫。神様がいるんだから、何とかなる」何度この言葉に救われたことでしょうか。そしてボランティア募集。会場担当、書籍運搬、書籍販売の3つの仕事ですが、連休明けから募集したにも関わらず、多摩教会を中心に20名あまりの方々に応募いただきました。

そして当日
 書籍運搬は早朝から始め、一箱30冊(30キロ)の段ボールを約50箱、車3台で運び入れました。10時から段取りの説明。その後は会場設営、書籍準備、プログラムのセットなど皆で手分けしてどんどん進みます。
 その間、舞台はリハーサル中。たまたまその場に居合わせたのですが、プロの演奏家のリハーサルの気迫たるや、真剣を通り越して鬼気迫るものがあります。納得行くまで、何度も何度も演出家とやり取りがあり、すごいものです。
 その一方で、多摩教会福音コンサート合唱団の楽しげなこと。もちろん緊張していらっしゃいましたが、この舞台に立つことを心から楽しんでいるようでした。
 11時半から整理券の配布開始。時間を追うごとにお客様の数は増え、12時45分に入場、13時15分に開場。次から次へとお客様が来ますが、混乱もなくスムーズに入場していきます。そして、神父様の「よーこそ、みなさん」で開演です。佐藤さんのピアノ独奏で始まったコンサートは、あっという間の3時間で「乾杯の歌」でクライマックス、そしてアンコールを皆で合唱。
 神父様や演奏家の方々と、お客様のお見送りをしましたが、皆さんとても満足そうに、幸せな顔で帰られていて、事務局としてこれに勝る喜びはありません。神様の計らいが福音コンサートに働いたということなのでしょう。
 そして、神父様の新著「天国の窓」は300冊近く売れました。来場者の3分の1が買い求めたことになり、これも聖霊の働きでしょう。それとも神父様のセールス力?
 その後の打ち上げで、ボランティアの方に感想を伺ったところ「またコンサートのボランティアをやりたい、次はいつですか」という方も。
 最後になりましたが、晴佐久神父様、銀祝おめでとうございます。そして素敵なコンサートのプレゼントをありがとうございました。

福音コンサート-神父様

福音コンサート-共演

福音コンサート-ボランティア

ボランティアスタッフ( 順不同 )
大窪尚子、吉良元裕、斉藤具子、江口照子、藤塚恵、藤木かおる、和田恭輔、大山正史、山田淳、渡邉顕彦、松岡泰孝、伊禮正太郎、友永廉、奥野悟、大矢むつみ、足立久美子、小川紀子、山藤ふみ、山藤清香、笹田浩子、小俣浩之、神田冨美子、吉瀬美帆子、豊島太一、内藤義明、佐藤文雄、三浦あかね、加藤泰彦、小野原祐三、小野原里佳、岩崎信

◆フォトアルバムで、「福音コンサート」の様子をご覧いただくことができます。ぜひこちらをご覧ください。

投稿3:幼児洗礼

幼児洗礼「ありがとう、はるちゃん」

内山 啓子

 「おめでとう!」「おめでとう!」ってみんなに祝福されて、私たち、まるで結婚式の日のようでした。
 はるちゃん、あなたは私たちにこんな大きなプレゼントをしてくれましたよ。ありがとう! はるちゃんがいると、みんな幸せになれるんです。
 あなたの笑顔、最高! 寝顔、天使のよう! ありがとう、はるちゃん!
 一緒にお祈りしましょうね。小さな幼い時のお祈りってどんなかしらね。
 それはきっとお父さんとお母さんのお膝に小さな可愛いお花を一つひとつ届けにいくようなものでしょうね。
 神さまは目を細めてきいていらっしゃいますよ。
 いつでも、どこでも、どんな時にも「あのね、イエス様」って、神さまとお話しましょうね。
 私たちもずっとずっと、天国に行っても、はるちゃんと家族みんなのこと、祈っていますよ。ありがとう、はるちゃん!

おじいちゃん、おばあちゃんより

幼児洗礼

はるちゃんを含む4名の幼児洗礼者は次の通りです。

-テレジア 洗川 真桜(あらいかわ・まお)ちゃん

-バルナバ 内山 温 (うちやま・はる)ちゃん 

-フランシスコ・ザビエル 小島 大智 (こじま・だいち)ちゃん

-ペトロ 小島 有生 (こじま・ゆうせい)ちゃん 

投稿4:マエル君の初聖体

マエル君の初聖体


 6月10日の初聖体。5人の中にはフランス人のマエル君も。昨年春から多摩教会に通う親子に初聖体と教会の印象を聞いてみた。「まるで王様みたい」と祝賀会でメインテーブルに座った感想をいうマエル君。「子供たちをメインテーブルに、そして、初聖体証明書を渡すという素晴らしいアイデアに感銘をうけた」というお父さん。子供たちにとって忘れられないような素晴らしい一日を写した写真をフランスに住む両親に送ったというお母さん。初聖体に与った5人の中で一番背が高いマエル君は10歳。日本では初聖体に与るのは7歳だが、フランスでは9歳か10歳だという。マエル君のお母様、ガエラさんが初聖体と多摩教会について次のような文章を書いてくれました。

(原文は英語で、初聖体の3日前に書かれたものです。広報部・小野原)

マエルの母:ガエラ・ダルグリッシュ・レモイネ記

 昨年のご復活祭の直前の4月4日にフランスから多摩市にやってきました。ご復活祭を祝うためにカトリック教会を探していたところ、近所の方が、多摩教会を教えてくれ、教会まで連れてきてくれました。10月に自転車を購入してからは、ミサに通う回数も増えてきました。マエルが「初聖体」に与りたいといいだしたので、多摩教会で知り合った高橋さんに尋ねると、日曜学校に通うことを勧めてくれました。
 「たくさんの人が集まる素敵な教会なので大好き」とマエルは言います。実際、日曜日には本当に素晴らしい人たちに会います。ミサのあと、お聖堂の外の長椅子に座って、たくさんの人との会話を楽しむ。本当に素晴らしい光景です。
 もちろん、神父様のミサでのお説教を理解する日本語はまだまだ身についていません。マエルは3割か4割ぐらいでしょうか。私は多分、1割ぐらいでしょうか。しかし、ミサのときの聖歌はとても耳に心地よく、皆さんと一緒に歌おうと一生懸命歌詞に耳を傾けています。
 マエルが洗礼を授かった司祭(実は私のいとこです)に、マエルが初聖体に与るということを手紙で知らせると、いろいろな思い出と「お祈りしています」という返事をくれました。両親とマエルの代親にも知らせました。
 カトリック多摩教会の一員になれて、非常にうれしいです。そして、信徒の皆さんの優しさと私たち家族を気持ちよく受け入れてくれたことに感謝いたします。フランスにいるマエルの友だちと一緒に初聖体を与れる6月10日をとても楽しみに待っています。

初聖体-晴佐久神父さんと一緒に

初聖体-祝賀会のメインテーブルで

マエル君の他に初聖体を受けた方は次の通りです。

-ペトロ 豊嶋 祐太(てしま ゆうた)君

-マリア・クララ 榊原 優奈(さかきばら ゆうな)ちゃん

-リマのローザ 福塚 瑶(ふくづか よう)ちゃん

-カタリナ 武井 美沙紀(たけい みさき)ちゃん 

◆フォトアルバムで、初聖体と祝賀会の様子をご覧いただくことができます。ぜひこちらをご覧ください。

投稿5:香道の歴史を探る

香道の歴史を探る

井上 信一

 先月の作曲家活動に続いて、今回は沈香(じんこう)という香木を60年以上にわたり学問として、趣味として探求されている方をご紹介しましょう。それは広報部で、長年私たちの教会のために献身的に奉仕を続けられている松原 睦さんです。松原さんは上智大学在学中から香料研究の大家に師事し、「香りを聞く」という分野で知識と経験を深められ、1990年に会社を退職された後、さらに多くの香道書を読破し、日本における香文化の歴史の研究を続けられました。そして、その結果を「香の文化史〜日本における沈香需要の歴史〜」と題する本にまとめて出版されました。この本は出版社《雄山閣》の生活文化史選書シリーズの一つとして今般発刊されたものです。
 私たちカトリック信徒としては、香には特に深い関係を持っています。それは新旧を問わず、聖書ではいたるところで香油や乳香という言葉に出会います。先ず思い出すのは、幼子イエスが誕生された時、東方の占星術の学者が贈り物として捧げた宝物に乳香がありました。イエスがベタニアで、高価な香油をかけられる話もありますね。ミサの時、司祭が献香のために香炉を振られると、香りと煙が祭壇からそのまま天の国に上っていくような気持ちになります。松原さんによるとこの献香の香は天然の香を人が数種合わせた合香というものだそうです。
 松原さんがこの本で書かれている香は、その代表的なもの、沈香についての歴史です。香の文化が世界のどこから始まって、いつ日本に到来し、どのように日本人の中に入ってきたのかを、文献を参照しながら、書き綴っておられます。一方で、この沈香の香木そのものが、貴重な存在になり、だんだんと入手が難しくなっている現実にも触れておられます。私も一時アラブの国で働いたことがありましたが、そこのスーク(市場)で小さな香木を買うために延々と値引き交渉をするアラブの人たちを見ました。それほど、香木の値段が高くて、買いたい人にとっては大変だということでしょう。私もお土産として、5センチくらいの沈香を買いましたが、値引きの努力もむなしく、1万円くらいとられたと記憶しています。
 私はこれまで香のことをあまり深く考えたこともなかったのですが、この本を読んでみて、香りの文化を少しばかり覗くことができました。

香の文化史(表紙)香の文化史
〜 日本における沈香需要の歴史 〜

著 者:松原 睦
単行本:239ページ
出版社:株式会社 雄山閣(2012/04)
発行日:2012年4月5日 初版発行

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巻頭言:主任司祭 晴佐久昌英 神父

「想定外」の25年

主任司祭 晴佐久 昌英神父

 5月13日、司祭叙階25周年記念のミサを捧げることが出来て感無量でした。多摩教会としては、寺西英夫師が1983年に銀祝を迎えて以来ということになります。実はその折、師の銀祝記念の本の装丁をお手伝いしたのですが、その時の私はまだ駆け出しの神学生。将来叙階できるかどうかも分からない身にとっては、銀祝なんて遥か彼方に仰ぎ見る夢のまた夢というのが実感でした。それが巡り巡って、こうして多摩教会にて25周年を迎えることとなったのですから、み摂理に感動するばかりです。このお騒がせ神父を受け入れ、共に歩んでくださっている皆さんには改めて、心から、感謝いたします。

 この25年を振り返っての感想は、「想定外」の一語に尽きます。自分なりの司祭のイメージは、ごく普通の教会を教区司祭がのんびり見守っているというもので、それは想定内でしたが、現実には小教区以外の奉仕が多く、それこそ想像もしていなかったことを次々と依頼されてきました。
 ひとつは、青少年活動です。教区の青少年担当ばかりか中央協議会の青少年委員会のメンバーともなり、全国規模での青少年活動の活性化を工夫することとなりました。小教区の枠を超えた青年の集い「初金クラブ」、月に一度のライブスペース「ラスキンクラブ」、幅広く青年活動を支援する「東京教区青年ネットワーク」、オリジナルの福音の歌コンクール「スピリット・ソング・フェスティバル」、ライブしながら他教区を訪問する「ライブキャラバン」、教皇様の呼びかけに答えて世界の青年が集まる「ワールド・ユース・デイ」参加ツアー、そこから始まった「ジャパン・ユース・デイ」、そして25年間続いている「無人島キャンプ」などなど、すべて私の思いつきです。
 また、映画とこれ程に関わることになろうとも思っていませんでした。たまたま映画評を一つ頼まれて書いたのがきっかけで、カトリック新聞の映画欄を担当することになり、試写室をめぐる日々が始まり、劇場パンフレットに原稿を書き、映画の分かち合いグループ「天国映画村」を立ち上げ、カトリック映画視聴覚協議会(現シグニス・ジャパン)の副会長(現顧問司祭)となり、日本カトリック映画賞の授賞式上映会を企画し、シグニスアジアの海外会議に参加し、大会の日本招聘にまでこぎつけました。シグニスの守備範囲をインターネットに広げてセミナーを取り入れるなど、そう得意でもないのにメディアの世界と深く関わることになってしまいました。
 執筆活動も、これまた想定外。最初は小さな連載コラムを担当しただけだったのがまとまって本になり、教会報に書いた詩が広まって詩集になり、ただ説教でしゃべっていただけなのに説教集になりと、次々と出版されていくのです。そうなると、あれを連載してくれ、これを出版したいと依頼が相次いで、今抱えているものを考えると気が遠くなりそう。執筆に充てられる時間って、それほど多くないんです。気づけば絵本3冊、エッセイ集3冊、聖書解説・神学関係書2冊、説教集4冊、詩集2冊、そして日めくりカレンダー2冊。サイン会とかしながら、心の中では「オレ、なにやってんだろ」と思ったりする日々なのです。
 想定外というなら、講演会もはずせません。司祭になったころは、じぶんがよもや大ホール満員の聴衆の前で90分喋ることになろうとは、思いもよらなかった。人前で話すのが苦手であがり症だというのに。でも、これも慣れですね。長崎教区のそうそうたる司祭たちの前で話したこともあるし、国際聖書フォーラムで聖書学者たちを前に話したこともあります。最近ではプロテスタント教会からの依頼が多く、牧師先生たちの集会で話すこともあり、これまた心の中では「あんた、よくやるねー」とつぶやいたり。
 他にも、「こんなにクラシックコンサートを主催することになろうとは」(ついには今回パルテノン多摩大ホールです)とか、「こんなに絵をかいたりデザインしたりすることになろうとは」(カード・紋章から、ステンドグラスまで幅広いです)とか、「こんなに海外に行くことになろうとは」(初海外は神父になってからなのに38回出かけてます)とか、「こんなに授業や講義をすることになろうとは」(いまや早稲田大学の講師までやってます)とか、「こんなにインターネットに露出するようになろうとは」(説教はその週のうちにアップされてます)とか、「こんなにラジオで放送されるようになろうとは」(番組は1年の放送に延長されてしまいました)とか、「こんなにブルゴーニュワインを飲むことになろうとは」(いい加減にしなさい)とか、キリがないのですが、では最も想定外だったのは何かと言われるならば、それは何と言っても洗礼の実りです。
 小教区内での活動はほぼ想定内でしたけれど、ただ一つ、受洗者の多さだけは予想だにしていませんでした。そして、それこそが一番うれしい悲鳴の想定外でした。ほかの想定外はすべて夢でしたというオチでも構いませんが、これだけは夢であってほしくない。そして、これからも夢を見ていきたい。主任司祭になってからの受洗者はおよそ850人ですから、多摩教会にいる間に1,000人を超えるかもしれません。イエスさま、美しい実りをありがとう。すべてあなたの御業です。
 さて次の25年、どんな想定外が待っているのでしょうか。

投稿記事:1

晴佐久神父様司祭叙階銀祝おめでとうございます

信徒代表 北村 司郎

 今月5月13日、神父様の叙階25周年を記念ミサ・祝賀会という形で行いました。他の教会からも約20名を超える方々がお祝いに来てくださいました。
 神父様も当日話されていましたが、確かに銀祝というのは個人的なことかもしれません。しかし、叙階式を教会全体でお祝いするのと同じように、司祭の銀祝も教会全体のお祝いだと思います。多摩教会は「オアシス教会を目指して」進んでいるわけですが、その中心に司祭はいるわけであって、まさにオアシスの源泉そのものではないでしょうか。その源泉と共に私たち信徒はあるわけですから、この25周年を素直に神父様と喜び合うことが大切だと私は思います。多摩教会での銀祝は初代の主任司祭の寺西神父様もマンションが教会の建物だったため、かおり保育園で行ったことを思い出します。私にとってはそれが司祭の銀祝に出席した最初でしたが、そのあと高幡教会でロアゼール神父様の銀祝にも出席させていただいた。その2つの銀祝のとき、親族の方が来られていたのを思い出します。  ご家族にとっても司祭としての生活を続け、25周年を迎えることは大きな喜びである、ということを実感しました。
 今回は残念ながら、ご両親とも亡くなられてお呼びすることができませんでしたが、神父様から皆さんへのお礼としてコンサートを行うことを計画してくださいました。皆さんでこのコサートに参加し、喜びを共にしたいと思います。
 今後、金祝に向かって歩んでいかれると思いますが、健康で、宣教活動の先頭に立って行かれることを望んでいます。

投稿記事:2

大震災の犠牲者のために捧げるレクイエム

井上 信一

 私たちの共同体には色々なタレントを持っておられる方がおられますが、その中で作曲家として活躍されている方を二人ご紹介しましょう。しかもこのお二人が昨年の大震災の犠牲者に捧げるレクイエムを作曲されたお話です。

その1
 昨年の復活祭で奥様と一緒に受洗された石島 正博さんです。石島さんは桐朋音楽大学作曲科の主任教授をされています。生まれ育った石巻の町と自然が震災で跡形もなく流され沢山の人たちが犠牲となりました。その深い悲しみを《REQUIEM for piano》という曲に込めて作曲されました。そして、この曲は日本だけでなく、海外でも演奏され、世界的に有名な作曲家からも高い評価を受けています。私は昨年の8月21日八王子で開催されたピアノ・コンサートでこの曲を聴く機会を得ました。ヨーロッパを中心に第一線で活躍されているハン・カヤさんとうピアニストの演奏でこのレクイエムが紹介されました。演奏の後、石島さんはステージに上り、この曲についての思いを次のように語られました。
 「2011.3.11は特別な日でした。地震と津波によって壊滅的な被害を被った東北の小さな、美しい海辺の町、石巻は私の父の故郷、私自身も多感な少年時代を過ごした場所だったからです。
 自らが流木になったような気持ちをどこかに繋ぎ止めなければならない必然を感じて、私は《REQUIEM》を書きました。それは、異常な緊張と押しつぶされるような情感の海に漂った1週間でした。目の前で無くなっていくものをどうにかしてとどめたい、しかしそれは叶わない。ならば、私自身の記憶をせめて音にとどめよう、そう強く思いました。
 だから、という訳ではないのですが、第1曲目にはishinomakiを音列化(アルファベットを音変換)して全曲の統一モティーフを作り、第2曲にはわらべ歌をデフォルメしたモティーフを用いました。続く第3曲の最終小節の音は、実は楽音ではなくノイズによって表現されるのですがその音に私は dolorosamente「悲痛に」という発想記号を書き込みました。 悲痛な雑音! 第4曲は私自身の精神のある錯乱を presto(極めて速い)と pesante(重々しい)な時間の対比を表現しています。そして第5曲は嬰へ音のオスティナートで貫かれた《死の行列》です。その列の向こうから「嘆きの鐘」が聴こえてきて、やがて、その鐘の音に《子守唄》が重ねられますそして、曲は閉じられることなく終曲第6曲へと受け継がれます。
 《波にさらわれた子供たちの霊》を慰める。その一念の子守唄。
 しかし、その唄は最後まで唄われることなく虚空に消え去ります。」

その2
 もう一人の作曲家はやはり10年ほど前に私たちの教会で洗礼を受けられた藤田 玄播さんです。特に吹奏楽の分野で数々の名曲を生み出し、その中には吹奏楽コンクールの課題曲として取り上げられたものもいくつかあります。洗足学園音楽大学で教鞭もとられていた方です。奥様は“ブドウの木”のグループで聖歌の奉仕をされています。藤田さんはこの数年来、厳しい闘病生活を余儀なくされていますが、そんな状況にあるにも拘わらず、昨年、宮城県気仙沼校の吹奏楽部の依頼で、震災の犠牲者へのレクイエムを作曲されました。曲名は「復活への道」ですが、「東北大震災のためのレクイエム」という副題がついています。
 昨年末から練習を始めたこの部員たちによる演奏会は気仙沼市内のホールで4月8日、すなわちご復活の主日に開催されました。
 大地震と津波の災害の荒々しさを表す序盤の演奏。そこでチューバを吹いた3年生の部は、「初めて演奏した時には、がれきだらけの自宅の前で立ちつくしたことを思い出した」と語り、犠牲者を悼むトランペットの独奏をした生徒は、犠牲になった親族の笑顔を思い浮かべながら、「音色がみんなの悲しみを癒せれば」と話しました。そして最後は復興に起ち上がる人の姿を思わせる闇から光への終盤につながります。この吹奏楽部の全員がそれぞれの苦い、そして悲しい体験を思い浮かべながらも、「聴く人にとっても新たな一歩を踏み出すきっかになれば」と思い、この曲を演奏したとのことです。(4月8日付読売新聞の記事に基づく)