2019年「多摩カトリックニューズ」バックナンバー

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2019年


12月号

(No.556)

2019.12.14

救い主を意識したクリスマス豊島 治 神父
「訪日教皇ミサ -in- 長崎」に参加して諏訪・永山・聖ヶ丘・連光寺地区
金澤 真実
「初金家族の会」からのお知らせ島田 潤一


11月号

(No.555)

2019.11.23

まねかれています豊島 治 神父
「初金家族の会」からのお知らせ島田 潤一


10月号

(No.554)

2019.10.26

考えます豊島 治 神父
シニアの集いに参加して鶴牧・落合地区
北村 司郎
「初金家族の会」からのお知らせ島田 潤一


9月号

(No.553)

2019.9.21

かわります豊島 治 神父
S君の孤独死のこと関戸・一ノ宮・府中・日野・野猿地区
井上 信一
「初金家族の会」からのお知らせ島田 潤一


8月号

(No.552)

2019.8.24

意識もちます豊島 治 神父
大川小学校の衝撃南大沢地区
加藤 泰彦
「初金家族の会」からのお知らせ島田 潤一


7月号

(No.551)

2019.7.20

見つめます豊島 治 神父
今の貴方のためのオアシス – 中高生会復活 –濱野 洋一郎
「初金家族の会」からのお知らせ島田 潤一


6月号

(No.550)

2019.6.15

提出します豊島 治 神父
「初金家族の会」からのお知らせ島田 潤一


5月号

(No.549)

2019.5.25

聞こえています豊島 治 神父
チャリティギターコンサートを終えて南大沢地区
加藤 泰彦
「初金家族の会」からのお知らせ島田 潤一


4月号

(No.548)

2019.4.20

つづきます豊島 治 神父
多言語による聖書輪読マイナ・アーネスト・ウェケ
「初金家族の会」からのお知らせ藤田 照子


3月号

(No.547)

2019.3.16

受けて・遣わされます豊島 治 神父
恵みあふれる2年間前司牧評議会委員長
中嶋 誠
「初金家族の会」からのお知らせ島田 潤一


2月号

(No.546)

2019.2.23

すごします豊島 治 神父
教会委員長就任にあたって2019年度司牧評議会委員長
小俣 浩之
立春の日の明け方、こんな夢を見た福音史家ヨハネ
山口 泰司
「初金家族の会」からのお知らせ島田 潤一


1月号

(No.545)

2019.1.19

備えます豊島 治 神父
侍者奉仕の思い出愛宕・乞田・鹿島・松が谷・和田地区
齋藤 浩
「初金家族の会」からのお知らせ島田 潤一

(その他の年度は こちら からご覧ください)

巻頭言:主任司祭 豊島 治「まねかれています」

まねかれています

主任司祭 豊島 治

 私が小学生のとき通っていた教会学校には、「せいれいシスター」と揶揄(やゆ)されて、子ども達に怖がられたシスターがいました。揶揄というと各方面に失礼となりますが、やんちゃな一学年30人を擁した教会学校ではそんな雰囲気がありました。
 その「せいれいシスター」の授業は、月の第二日曜日でした。第二日曜日とわかると、ミサの後、さぼるかどうか、同級生とささやき合うのでした。でも、ミサ後に出される軽食がパンの日で、生クリームたっぷりのイチゴパンでしたので、それを頬張って至福のとき(当時は食べることができました)となると、教会学校開始のブザーがなって整列し、逃げ遅れたというしかめっ面をしながら列に並び、クラスに分かれて部屋に移動するのでした。

 「せいれいシスター」と言われる所以(ゆえん)は、徹底したお祈りの授業でした。畳の部屋があって、そこに座って、祈る。じっとしていることが苦痛な年代にとって、始まりは楽しいものではありませんでした、シスターは姿を現すと、満面の笑顔で「よくきたね」「おいで」と招くのです。女の子は笑顔で応じ、男子は照れながらそれに従うという光景でした。
 することは単純。座って、まず挨拶します。でも、普通の形ではありません。「日曜日は神さまの日です、朝なにをしますか?」という促しを受けます。ニューズを読まれている皆さんは即答でしょう。日曜日が主日といわれているように、主は神さまであるから、神さまの日、5月に「母の日」があるように6月に「父の日」があるように、日曜日は「神さまの日」と教えられていたのです。ですから、「神さま日曜日だね、おめでと」というお祈りの始めのあいさつが、それぞれの心のあいさつとして始まります。そのとき、座ったままでいいからお辞儀をするというのが習わしでした。
 そして座ります。徹底して静かに息をすることから始めます。足を地に着けて、背筋を伸ばし、入ってくる新鮮な空気を体の隅々にまで届くかのようにします。そしてゆっくり吸い、そしてゆっくり吐き出す。そんなことの繰り返しで、神さまの心を感じる。15分間は、恥ずかしいやらでもごもごしていましたが、やがて45分間、座って・静かに・前向きになって沈黙の祈りをすることができるようになっていました。
 そんな「せいれいシスター」が、この3月をもって、教会での奉仕を引退なさると風の便りでうかがいました。足腰がきつくなったとのこと。40年過ぎて教会学校の仲間と会うと、「毎日最低15分間の祈りをしなさい。聖書と聖人の言葉をききなさい」を口ぐせにされていたシスターの言い方を真似して笑い合います。当時と今は違うしょう。ですから、今の時代に合った祈りへの導入を、シスターの教え子のすべてができるわけでもありません。でも、その土台があって神さまの愛に立ち戻れていると分かち合っています。

 「教皇フランシスコ訪日」というマスコミの記事が多々掲載されるようになりました。このニューズ発行の日は、まさに教皇さまが羽田空港に到着なさる日です。教会の「パパさま」たる教皇さまが来られるのですから、興奮して息が荒くなる人がいるのは当然でしょう。でも、我らのパパさまが、何を私たちに伝えたかったのかを、しっかり自分の中に取り込むには長い時間がいります。議論したくなる気持ちを抑えて、座って自分の心に取り込み、力にする時間をもって整えてからにしましょう。
 私たちの場所に来られたパパさまの歓迎をしたのちは、救い主イエスさまを迎える待降節となります。私たちにはじめて姿を見せた幼子イエスさまは、 「飼い葉桶に寝かされた乳飲み子」と聖書にはあります。寝ていること=寝息を立てている以外、何もしていません。たくさん神さまからの息吹を感じて、大丈夫の安心を頂いて、頂いたことばを力にしましょう。

11月:「初金家族の会」からのお知らせ

「初金家族の会」からのお知らせ

島田 潤一

 ハロウインの翌日で、やっと秋晴れとなった初金の日は、諸聖人の祭日でもありました。
 神父さまは、キリスト教の祭事の中で、この諸聖人の祭日の位置付けの変遷を話されました。次いで、教皇さま来日に関しての話の中では次のように話されました。「教皇さまが何をおっしゃりたいか受け止めることが大切で、「命」が大切なテーマになっています。命には生死と、喜怒哀楽、葛藤があります。そのなかでどう生きるか問題となります。『聖徒の交わり』との言葉があります。神様に愛された諸聖人と祈りの中で繋がり、希望を持って生きる大切さを、今日の日は示しています。」
 初金家族の会は、カテドラル聖マリア大聖堂の由来、パイプオルガンの音色の話などビデオをみて鑑賞、分かち合いました。家族の会について、「隣人を自分のように愛しなさい」(マルコ12:31)が、隣人と家族になることを示しています。家族だから集い、話し、分かち合い、助け合うのが家族の会です。今回も3人の方がこの家族的雰囲気の中で、今の信仰に至った状況を話され、参加者と分かち合うことができました。

巻頭言:主任司祭 豊島 治「考えます」

考えます

主任司祭 豊島 治

 気象災害といわれる被災地が多く、お見舞い申し上げます。
 今なお困難を極める現実に途方に暮れている方々が多くおられます。台風15号、19号、そして21号の影響を受けた降雨による被害は、東日本大震災のダメージから少しずつでも復興しようとして、積み上げた鉄道軌道の復旧をはじめとするインフラや、ためてきたものを奪っています。被害の範囲が広く、報道各局も、どの拠点から報道すべきか迷っているようです。しかし、水害というのは地震とは異なり、外観からははっきり見えない、それ故共感共有がしにくいという心理も働きます。
 カリタスジャパンは既存の東北にある四つのボランティアベースが対応し、初動は断水地域に水の運搬から始めています。千葉県内被災地については現地の社会福祉協議会との連携を模索中ですが、天候が落ち着かず苦慮しています。大田区の多摩川支流氾濫対応で、田園調布教会の信徒が有志として炊き出しをしています。

 台風によって多摩教会も新たに地下駐車場が浸水しました。専門用語では内水氾濫によるもの、といいます。内水氾濫とは、大雨・豪雨の雨量が下水道、側溝、排水路の雨水処理容量を上回り、土地・建物や道路、地下道などが水浸しになる現象です。
 今回の地下駐車場での出来事は深いところで10センチというものですが、排水処理能力を超える降雨でしたので溢れたのです。浸水時は真水かと思い、営繕のかたを中心に掻き出しをしましたが、掻き出しだけでは混合物はとれませんでした。除去については今後も対応を継続していきます。
 注意喚起をしますが、10月の末のこの時期に千葉県の上空で積乱雲が発生して大雨が降るという現象が近年ないことですから、こればっかりは、「たいしたことない、今までそんなのなかったから」と人生の経験知を信じている現代ではありません。
 川の様子を見に行くことも言語道断です。まずは、いのちを大切に。川の様子はインターネットで確認できます。今後、教会周辺の危険を感じたときは、10月12日にしたように、教会に来ることに対して、皆さんにストップをかけることもあることを了承ください。

 教皇さまも2015年発行の回勅「ラウダート・シ」のなかで既に言われているように、地球が必要以上に「温まっている」ことを指摘して、気候は人類共通の財産であると明言しています(23-26項)。そのためには、私たちが地球という存在をケアしていくとあります。教皇さま原語では英語でいうcareと明記されていますが、日本語訳は「大切に」としています。翻訳を担当した神父さまは「配慮」「気遣い」「心に掛ける」「世話をする」というcareをどのように訳するかと悩んだそうです。同じようでいて求められる行動は異なるものだからです。私たち人間が気候のために何ができるのかをcareという原語に即して行動する時期がきています。

 11月に入りますと、教皇さまの来日のムードが本格化します。東京ドームでのミサに応募された方については、11月15日までに入場券が届くそうです。一方、届かなれれば落選となるという情報です。
 多摩教会では教皇ミサの模様を映像で見るための準備をしています。発信元の教皇ミサ実行委員会の情報を待って、詳細をお知らせします。台風の影響で、できなかった福音宣教特別月間の司教団が要求した内容の掲示も数週間継続します。いずれも詳細はホームページでの広報をお待ちください。

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台風の影響当時と平常の多摩川-京王線陸橋-

201910news-3巡礼者のために聖コルベ神父の紹介を作成

連載コラム:「シニアの集いに参加して」

= 弱音・不安は神様に預けて、受け入れあう笑顔をもらいに行こう =
連載コラム「スローガンの実現に向かって」第103回
「シニアの集いに参加して」

鶴牧・落合地区 北村 司郎

 多摩教会の今年のシニアの集いは、9月28日(土)、29日(日)主日のミサと、そのあとのセレモニーと日曜日の食事会という形で行われた。今年もこの集いに参加させていただき、感謝申し上げるとともに、当日感じたことを記させていただく。

 多摩教会のシニアの会は数年前75歳以上と決めて、今年は終戦の年の4月1日誕生日の方まで、名簿の上では191名の方々にのぼる。少子高齢化の日本の社会にあって、教会もその例に漏れない事例だと思う。そこで、私たちシニアは社会的にももちろんだが、教会という集団の中で何をしていけばよいのだろうか。もうトシだからと言って、教会の活動を避ける傾向は私自身の中にもある。
 しかし、多摩教会の規約は聖堂共同体という言葉が使われている。教会は共同体、すなわち、コミュニティなのである。以前、幼児洗礼が行われると、当時の主任司祭からは、子供を育てていくのは、両親と代親だけでなく教会全体が責任を負わないといけない、という言葉をよく聞いた。すなわち、それがコミュニティとしての教会の在り方なのだと思う。それであれば、我々シニアにも何らかの出番があると思う。顔と顔が向き合った集団、お互いの人間性がぶっつかりあった集団、だから難しい集団ともいえる。でもだからこそ、子供から我々シニアまで何らかの役割を与えられた集団といえる。

 ミサの終わりに、神父様がホイベルス神父様の「最上のわざ」をお祈りした。私は何年か前、ホイベルス神父様の「年をとるすべ」の中で、この祈りに出会った。その時に比べ、今回、非常に新鮮に感じたのは私自身がトシを取ったからかもしれない。

神は最後にいちばんよい仕事を残してくださる。 それは祈りだ。
手は何もできない。 けれども最後まで合掌できる。
愛するすべての人の上に、神の恵みを求めるために。

 手足が萎えて何もできないと感じたとしても、私たちには希望がある。キリスト者としての希望である。それがまさに「最上のわざ」なのだ。実行委員長が、「この祈りは素晴らしい。座右の銘にしたい」と最後のあいさつの中で話されていたが、多くの方々が同感だったのではないかと思う。

 食事会の最後に小俣さんの伴奏で「里の秋」を歌った。

しずかなしずかな里の秋
おせどに木の実の落ちる夜は
ああかあさんとただ二人
栗の実にてますいろりばた

あかるいあかるい星の空
なきなきよがもの渡る夜は
ああとうさんのあのえがお
栗の実たべてはおもいだす

さよならさよなら椰子の島
お舟にゆられてかえられる
ああとうさんよご無事でと
今夜もかあさんと祈ります

 この童謡、終戦の年の12月24日NHKで放送され、反響を呼んだそうだ。この歌は里に住む、二人が秋の静かさ、寂しさ、わびしさを歌ったと思っていたが、3番をみるとその解釈は間違いであることに気づく。寂しさ、わびしさはとうさんがいないからである。とうさんは南方の戦地に行っていて、やがて船に乗って帰ってくる。
 私たちが戦後のこの社会を築いてきたわけであるが、もし、唯一誇れるとしたら、この75年間、このような家族を、とうさんや若者を戦地に送るような社会を作らなかったことだと考える。しかし、最近の日本の状況をみると、戦前の社会に非常に似ているという。戦地に送ることも可能な状況になっているという。
 私たちがこの社会に対してもできることは、まだまだあると思う。

 この集まりを準備して下さった、教会の皆さんに感謝します。おいしい食事を当日提供して下さった地区の皆さんどうもありがとうございました。
 これからも身勝手なシニアをよろしくお願いいたします。

10月:「初金家族の会」からのお知らせ

「初金家族の会」からのお知らせ

島田 潤一

 10月4日の初金ミサ、この日の聖人はアシジの聖フランシスコでした。説教の中で豊島神父様は、まず、10月がロザリオの月であるので、忙しい生活のなかで自分を見失っている人々に、祈ることにより、聖母のとりつぎを願い、ロザリオの神秘に与る機会を持ってほしいと勧められました。そして、聖フランシスコが生涯をかけて求めたものについて語られました。富豪の家に生まれ、名誉を求め、十字軍に参戦したが、病にかかり、脱落して帰国。だが、心はむなしく、自分の居場所を求めて、修道生活に入ったこと。ひたすら清貧を求め、何も持たず、裸のままでいられることを有り難く思う境地を求めたこと。
 また、次のように続けられました。「この聖人と同じ名前の教皇フランシスコは、我々が住むことを運命づけられている地球を傷つけ続けていることに警告を発しておられる。人間はどんなに追い込まれても、祈ることができる。その祈りにより、複雑な生活のなかでのシンプルさを求めることができる。『すべてのいのちを守るため』というテーマを持って来日される教皇のことを頭に入れて、前に進んで行こう。」
 ミサ後、信徒館で今後話し合うテーマについて率直な意見の交換を行いました。今後も、より多くの方々の参加をお待ちしております。

巻頭言:主任司祭 豊島 治「かわります」

かわります

主任司祭 豊島 治

 皆様もご存じかと思いますが、毎年10月の最後から2番目の主日は『世界宣教の日』と定められています。これに関連して教皇フランシスコは、今年の10月を「福音宣教のための特別月間」とすることを意図されました。これは前号の「多摩カトリックニューズ」巻頭言でもお知らせしていますが、その背景はとても歴史があります。

 ちょうど100年前、第一次世界大戦直後の1919年に、当時の教皇ベネディクト15世は福音宣教に関する使徒的書簡『マキシムム・イルド』(Maximum illud,1919)を発布して、教会があらゆる利害関係を拒み、「聖なる生活と善行を通して、主イエスがより広く知られ、イエスの愛が広まることこそが、宣教活動の目的」であることを思い起こさせました。このことを記念して、教皇フランシスコが「福音宣教のための特別月間」を制定されたのは、「諸国民への宣教」に対する新たな熱意と推進力を、現代の教会に加えるためになるとしています。

《教皇様の想い》
 今年の11月23日から26日に、教皇の訪日という恵みの時を迎えます。私たちは、この歴史的な出来事を神様の恵みの追い風として、福音宣教の熱意を新たにできます。
 そのために教皇フランシスコが公布した使徒的勧告『福音の喜び』は、現代の教会がとりくむべき、新しい福音宣教の重要な指針となるものです。この中の序文において教皇様が、「新しい福音宣教は、すべての人によびかけられており、それは基本的に三つの領域で実行されるべきである」と述べていることがポイントです。
 【第一の領域】として、「定期的に共同体に参加し、主の日に集まって、み言葉と永遠のいのちのパンで養われる信者」また「頻繁に礼拝には参加しなくても、強くて誠実なカトリック信仰を保ち、さまざまな形でそれを表す信者」としています。
 【第二の領域】は、「洗礼を受けながらも洗礼の要求することを実行していない」人々の領域を指し、文書では「教会への心からの帰属感をもっていない人々」としています。
 最後の【第三の領域】は、「イエスキリストを知らない人々、または、拒み続ける人々」としています。
 この内容を挙げて、「【第三の領域】の人々への福音宣教に励むために、【第一の領域】にある人々が福音宣教の熱心な担い手となり、【第二の領域】の人々、いわば、教会から離れている人々が『信仰と喜びの福音にかかわりたいという願いを取り戻すよう』努めることも大切」と説きます。

《日本の司教団の呼びかけ》
 2019年10月を特別月間に定める決定をされたのは、2017年という2年前のことです。教皇様の熱意をうけて日本の司教様全員は、「ともに喜びをもって福音を伝える教会へ」という呼びかけを今年3月に発布しています。5項目で構成されています。
 ① 福音宣教をする教会の魂 → 聖霊に祈るという教皇様の薦めに従い、特別月間の祈りができています。それを個人・家庭・職場・聖堂・修道会員ともにささげること。
 ② イエスとの出会い、ともに出向く → ミサにおけるイエスとの出会いを大切にし、さらに愛を広げるためにさまざまな現実に出向くこと。
 ③ 殉教者や聖人にならう → このなかで、日本の殉教者である26聖人殉教者をはじめ、聖トマス西と15殉教者、日本福者205殉教者、福者ペトロ岐部と187殉教者、また、世界大戦前後の困難の中で宣教のために力を尽くしたコルベ神父、チマッティ神父、北原怜子さんのことを励みととらえること。
 ④ 「諸国民の宣教」に関する研究や養成 → 日本の中では1970年代に福音宣教担当司祭を任命し(東京教区司祭)福音宣教に力を入れてきています。移る時代に、どのように福音宣教はつながっているのか、立場&状況&時のながれを意識して、「昔にもどる」のでなく「今を生きる」という視点を求めている流れにのること。
 ⑤ 宣教活動に従事するキリスト者の支援や国内外の災害復興支援 →宣教活動を支援する通年の取り組みとして、「世界宣教の日」「宣教地召命促進の日」「世界こども助け合いの日」の共同祈願&ミサ献金での支えについて意識をのせること。
 災害復興支援は千葉の出来事があったように、私たちの災害をあきらめの視点でなく、復活信仰に基づいた識別ある視点を享受すること。

《多摩教会の取り組み》
 教皇様、日本の司教様方の想いを東京教区長は文書にしています。このことを受けて、コルベ神父を保護聖人としている多摩教会は巡礼指定教会となりました。このことから以下のことを考えています。はっきりしましたらHPでのお知らせいたします。
 10月 6日 : 11時ぐらいから 短い講話とロザリオ一環
 10月 8日 : 11時15分ぐらいから 短い講話とロザリオ一環
 10月20日 : (構内でバザーのため時間未定→ホームページでお知らせ) 短い講話と祈り
 10月27日 : (時間未定) コルベ神父についての講話と祈り
 10月はロザリオ月でもあります。そして短い講話では、日本の司教団の呼びかけ④に基づいて司教文書や教皇文書を短めに紹介して考えてもらう機会となります。ご参加ください。 

pope-francis

連載コラム:「S君の孤独死のこと」

= 弱音・不安は神様に預けて、受け入れあう笑顔をもらいに行こう =
連載コラム「スローガンの実現に向かって」第102回
「S君の孤独死のこと」

関戸・一ノ宮・府中・日野・野猿地区 井上 信一

 S君は小生にとって、大学の新入生として昭和28年に出会って以来の親友でした。彼はフランス語、アラビア語など六つの言葉をマスターし、NHKの国際部で思う存分活躍し、中東問題の専門家として、ニュースの解説にも時折り顔を見せていました。退職後も同時通訳、翻訳家として充実した生活を続けていました。
 そんな彼が、一昨年の復活祭に川崎のカトリック鷺沼教会で洗礼を受けました。古くからの信者であった奥様が、一昨年に重い病に罹ったこと、そして彼自身が心臓の疾患で苦しむようになったことが契機だったようでした。その奥様が昨年6月に亡くなり、鷺沼教会の葬儀に仲間と参列しました。子供もいなかったので、喪主席で一人ぽっちで座っているのが、淋しそうでした。

 猛暑が続いていた先月の26日の夜、S君と偶々、同じマンションに住んでいる家内の友人から電話があり、彼が孤独死したことを知らされました。8月4日頃から新聞がポストにたまっているのに隣人が気づき、警察に連絡したが、警察も単独では中に入れないとのこと。彼が契約していた弁護士とやっと連絡が取れ、8月20日部屋に入り、死亡が確認されたそうです。社会人として立派に生き、何事にも几帳面だったS君が、こんな形で生涯を終えたことに、言いようのない淋しさと悔しさ、そして驚きを禁じ得ません。
 遺体はすでに警察と弁護士との計らいで、荼毘に付されていたので、追悼ミサが8月31日に鷺沼教会で執り行われました。主任司祭の松尾神父様はそのミサの説教で、あの暑さの中で、何故Sさんに電話一本掛けること、はがき一枚を書くことを考えなかったかと悔やんでいることを、切々と話されました。それはまた参列している人々の胸にも響く、呼び掛けとも聞えました。

 孤独死のケースは私たちの教会でも、すでに幾つか経験しています。これからますます一人暮らしが増えて行く中で、どう対応して行けば良いのか。これという特効薬はないでしょう。教会全体で、そして地区単位で取り組むことが必要でしょうが、何よりも自分で、身近な人々とのコミュニケーションを保つことが大切でしょう。高齢者としてお互いに連絡のネットワークを作っていくという自助努力が欠かせないと思います。
 今年のシニアの集いために、総務の仕事を少し手伝わせてもらっていますが、集いに参加できない人のお名前を確認しながら、考えさせられました。未だ頭脳も明晰、声もしっかりしているのに、健康の問題で参加できない方々の顔が浮かんできます。
 シニアの集いで楽しい一時を過ごすのも嬉しいけれど、このような境遇にある方々のために祈ることが、先ずは大切なことではないでしょうか。その祈りを皆で共有できれば、それなりの力になるのではと思っています。