巻頭言:主任司祭 豊島 治「見つめます」

見つめます

主任司祭 豊島 治

 急激な暑さ&梅雨冷えの繰り返し、体調を崩されている方の話も伝わり聞いています。各方面からの情報や警報には敏感になっておきましょう。こんなときだからこそです。
 警報に注意と申しましたが、5日金曜日は、多摩教会聖堂の熱感知器があまりの暑さに火事と勘違いし、警報器が誤作動警報音を出しました。対応しましたので、ご安心ください。

 6月30日は、猪熊太郎神父様の叙階25年のお祝いでした。多摩教会の皆様にとって、仲間のうちから神学校に入り、司祭として活躍されているという現実の祝いと、神さまの導きのお祝いの場でありました。当日、私は共同司式される寺西神父様のお迎え役をいたしましたが、道中二人きりで話すことができました。こんなに長く会話する機会は初めてです。寺西神父様は、私が司祭への憧れを抱いたとき(1985年)の高円寺教会主任司祭でした。猪熊太郎神父様は、私が神学校へ行く決心をしたときの助任司祭でしたし、神学生1年目と2年目は、猪熊神父様のいらっしゃる教会でお手伝いをしました。この偶然ともいえる計らいに驚愕しています。
 私は2005年叙階ですから、叙階の年を1年目として数えると、15年目となるようです。そのなかで、いろいろな場に身をおいていましたが、およそ10年間、全生園(ぜんしょうえん)との関わりがありました。はじめの2年間は神学生として、後半8年間は主任司祭としてです。以下、ハンセン病の療養所の概要について、資料館にある内容を含めて一部紹介します。

日本のハンセン病の歴史:
 ① ハンセン病は古代から世界的に罹患者がおり、差別と偏見の対象だった

 日本の中世期において、ハンセン病患者は「業病(ごうびょう)」として差別され、村落共同体から追放されるなど、過酷な運命が待ち受けていたとされています。
 ちなみに日本ではじめて中世期のハンセン病患者を描いたアニメ作品に、ジブリの「もののけ姫」(1997年)があります。劇中では説明ありませんが、たたら場(砂鉄を集めて鉄をつくるところ。炉に空気を送る(ふいご)が「たたら」と呼ばれていたというところから、その名が付いた)が出てきます。登場するエボシ様という人物が、「私の秘密の庭園を見せよう」と話し、アシタカに、鍛冶、鉄砲をつくる患者の姿を見せます。ここが、村落から追放されてきた所なのです。そこで、アシタカがエボシ様を殺そうとしますが、そのハンセン病患者の村長が、「その人(エボシ)を殺さないでくれ、この人は我々を人間として扱ってくださった」という台詞があるのです。監督の宮崎駿氏が後に述べていますし、私は宮崎氏と全生園内のお墓で度々お目にかかりました。

 ② 明治期には感染者を国立療養所に隔離することで、ハンセン病を根絶できると考えた
 近世期、幕藩体制の下で、ハンセン病患者は別個の存在として被差別民の中に組み込まれ、支配層からの統制、管理下にありました。近代になると、明治政府は、ハンセン病患者を社会から隔離して絶滅・根絶させる方針を出し、法を定めました。東村山市にある全生園は、東日本の中核の療養所です。患者を見つけると、貨物列車で東村山の駅に連れていかれ、そこから荷台に載せられ、園に入ります。そこから一生出ることは叶いませんでした。しかし明治期には、ある医師が隔離せず共存は可能としていたのですが、黙殺された事実もあります。戦後、治療薬が出て、安心できることになっても、隔離政策は根本的に変わらず、らい予防法(1953年)が1996年に廃止されるまで続き、ハンセン病患者は、優生保護法により「断種(優勢手術)」の対象にもなり、1万6千件行われたとあります。平成の時代までも政策は続き、1996年にやっと廃止されるのです。
 ①、②の事例によって、今は回復者とされている方々の家族が分断されたとあります。私も園内で一緒に食事したり、親しくなって会話をしたりして、いろいろ報道されていないこと、社会運動している方でも知らない事情をたくさん伺うことができ、バチカンにも説明したことがあります。私たちの家族が抱えている課題がそれぞれ違うように、回復者の皆さんも、抱えていることはいろいろあるようです。
 2019年7月10日付けで、日本の司教団は、隔離しなくていいと分かっていても、対応を取ってこなかったことを謝罪する声明を出しました。ある視点で見れば、仲間として、人として、関わる意識を持って関わってきたのは事実です。でも、もっと広く考える視野からくる援助が現代では要求されています。私たちも考えて行動する促しを受けています。

 先日の7月7日には、主任司祭霊名の祝いで霊的花束など贈り物を頂き、ありがとうございます。祈りの内容を見ては、その捧げてくださった一つひとつの言葉を、神さまは具体的にどうお示しになるのか楽しみにしています。世の中を善くしようというやり方には、社会運動などあるかと思いますが、私は自分の霊名のパウロから学びながらやってみたいと思っています。

連載コラム:「今の貴方のためのオアシス – 中高生会復活 -」

= 弱音・不安は神様に預けて、受け入れあう笑顔をもらいに行こう =
連載コラム「スローガンの実現に向かって」第100回
「今の貴方のためのオアシス – 中高生会復活 -」

濱野 洋一郎

 ついこの前、私は縁があって「中国ブロック高校生大会」というものに参加してきました。これは広島教区のイベントで、信者やカトリック系の学校へ行ってる15歳から18歳の人が集まって3泊4日の合宿をするものです。
 同年代が集まり、共に祈り、一緒にご飯を食べ、語り合うのです。とても楽しかったですが、ふと思い出すことがあります。それは、初代教会のことです。
 「信者たちは皆一つになって、すべての物を共有にし、財産や持ち物を売り、おのおのの必要に応じて、皆がそれを分け合った。そして、毎日ひたすら心を一つにして神殿に参り、家ごとに集まってパンを裂き、喜びと真心をもって一緒に食事をし、神を賛美していた」(使徒言行録2・44-47)
 つまり、大会なんて言っていますが、教会なんです。建物ではない本物の教会。とても美しいし、憧れます。
 私はそのことを多摩教会の皆さんに知ってもらいたいので、中高生会を復活させました。中高生の若い時に本当の教会、本当の仲間を知ってほしいのです。いつだって信じられるから、人を信じることができるのです。
 10代は他の人が思っているよりも悩み、不安を持っています。だから、本当の仲間が必要なんです。かくいう私も青年会の仲間に信じられ、救われました。より多くの人に、特に10代の人にこの素晴らしい体験をしてもらいたいです。そのために何かが必要ならば、周りの人が命をかけて与えましょうよ。それが、福音ですし、キリストの教会がやるべきことです。
 しかし、大勢の人はそんなことは知っていると、そう言うでしょう。
 昔から言われているし、少し考えればわかることです。
 でも、だったら一緒にやっていこうよ。
 良きサマリア人の例えでも言われていますが、やればいいのです。実際どう思ってても、行動し、印を残せば、それは素晴らしいものになります。
 中高生会もみんながどう思っているのかわかりませんし、不安でいっぱいですが、それでも、一歩を踏み出し、やっていきます。
 その先に素晴らしいものがあると信じて、少しずつ歩み出していきましょう。

7月:「初金家族の会」からのお知らせ

「初金家族の会」からのお知らせ

島田 潤一

 梅雨時の豪雨の被害が報じられる中での7月初金の日となりました。神父さまの説教は、秘跡に関するものでした。ゆるしの秘跡の意義と大切さの話があり、ついで病者の塗油の秘跡に関連し、病床訪問で出会った人々の病気の受け止め方について、「病気を嘆き、恨み、のろい、絶望する人も多い。でも、今日の創世記の福音で、アブラハムの生涯は人の生涯を象徴し、病気などもその通過点で、神の声を聞き成長する。マタイの福音は、困難な病気の時こそ神が現れ、癒やしてくださることを示している」と話してくださいました。

 ミサ後の初金家族の会では、中嶋誠さんが、「故松原陸さんと歩んだキリシタン史探求」というテーマで話されました。五島、長崎、豊後にキリスト教を根付かせたド・ロ神父、アルメイダの業績、足跡についての紹介がありました。信仰の伝承の過程で、隠れキリシタンの中に日本的キリスト教の芽生えともいえるものが見られることを示されました。信仰の起源を暗示するものとも感じられます。資料は40ページ強と量が多く、後で熟読すれば多くの気付くところがあり、さらに理解が深まりそうです。中嶋さんのあふれ出る信仰を分かちあうことができたと思います。

 初金家族の会を立ち上げ、運営の主体を担ってきた松原さんが帰天、志賀さんが高齢のため離れることとなり、会の趣旨である「スローガンの実現」のスローガンも変遷し、会へのニーズにも変化が見られます。この状況に鑑み、「初金家族の会に関するアンケート」を実施し、広く意見を募って、その結果を参考に、9月の会の運営について話し合う予定です。なお8月は初金家族の会は休みとなります。

巻頭言:主任司祭 豊島 治「提出します」

提出します

主任司祭 豊島 治

 50日間の復活節が、聖霊降臨の祭日をもって終わりました。聖霊降臨は聖霊が与えられる日でもありますが、奇数年の今年は、司教座聖堂(カテドラル)での合同堅信式への参加の年でした。そこで、多摩教会復活徹夜祭での受洗者で準備ができた方や、幼児洗礼で規定の年齢に達した6名が堅信の秘跡を受けられました。このことで、今年度の入信の秘跡プログラムが結ばれたことになります。

 その合同堅信式には、東京・千葉の教会から170名ほどの受堅者が恵みを受けたのですが、その6月9日は、東京大司教が出された「宣教司牧方針の方向性」への答申締め切り日でもありました。多摩教会では、1月1日に発行した『2019年に向けて』(初日の出の光が多摩教会を照らしている表紙の冊子です)において、大司教さまからのお願いということで、この答申づくりを皆さんに投げかけました。多摩教会からは、四つのグループの参加をいただきました。事前に大司教さまからは、複数人で話し合うようにという要請もあり、個人で出された方には、教会家族委員会がその意を汲み取りながらまとめてくださり、五つの答申は、大聖堂内で大司教さまの面前にて本部事務局長に提出されました。
 多摩教会の他にも72の答申が提出されて、カトリック新聞には、2年後をめどに東京大司教からの宣教司牧方針となるとあります。この機会に少しずつ、多摩教会として出された内容について、少し解説も加えて報告します。

 ◎ なげかけその1 「 修道会の垣根を越えた、教区における司牧協力体制の充実 」
 「司牧協力体制」という言葉に具体性が見えなく返答に困ったようです。また、「修道会とは何か?」という質問もだされています。6月2日にはサレジオ会の北川大介神父さまが、その点について講話をしてくださっています。修道会の特性を、壁ではなくて多様性から来る力となるよう考えていければ、というような回答が多くありました。

 ◎ なげかけその2 「 滞日外国人司牧の方向性の明確化と見直し 」
 「滞日外国人と話していないからわからない」という回答もありました。「日本語でゆっくり話せば解決する」という意見も聞きましたが、多摩教会にもミサで共に祈っている仲間がいます。今やスマホで翻訳できる機能もついています。使ってみてはどうでしょうか。

 ◎ なげかけその3 「 継続信仰養成の整備と充実 」
 「日曜日の講座が必要」という意見が複数ありました。洗礼後の講座や、中高生向けの講座をという、強い要望もありました。通常の日曜日の入門講座でも配慮しています。また、誰でも聞くことができる拡大入門講座(専門的な分野で活躍している司祭&修道者が講師)や、特別入門講座(あるテーマに絞って解説する講話)を適時開催していますが、具体的な講座内容の提案もあり、ニーズは高いと感じました。司祭以外の講話も希望とありますが、講師の選定に難しいものがあります。継続信仰養成という題名ですから、次につなげなくてはなりません。多摩教会全体の雰囲気を加味して、スケジュールの組み立てをしなくてはならないからです。東京教区としては準備を進めているようです。

 紙面の都合で最初の三つしか挙げることができませんでした。また機会あれば、紹介できたらと思います。

 多摩教会では16日のシスター内海、30日猪熊神父様の講話以降は、しばらくゲストスピーカーがいないという通常のミサ、地区集会、講座、活動会となります。それは分かち合いを重ねながら、次へ向かう大事な期間ともいえます。教会の暦は、6月10日から年間に戻っています。王であるキリストの祭日に至る典礼歴の年間の季節は、主の復活と聖霊降臨によってこの世界の歴史の中に誕生した教会の、世の終わりまで続く「現在」を指し示しています。多摩教会という神さまの場で、時を過ごしていきましょう。それに、6月はイエスの聖心(みこころ)の月です。この月にわたしたちの心をイエスに向けるために、ミサや各自の時間で福音書をじっくり味わいましょう。福音書は、弟子達が知ることのできたイエスの心の中にある想いを伝えているのです。弟子たちが語り伝えずにはいられなかったイエスの心の想いを、私たちの心を開いて、受け止めなければなりません。

6月:「初金家族の会」からのお知らせ

「初金家族の会」からのお知らせ

島田 潤一

 6月の初金の日が梅雨入りの日となりました。この一カ月のあいだに、命に関わる暗い事件も起こりました。神父さまの話は、この川崎の事件も含め、命の大切さを考えさせるものでした。命と関連して重要なものに、心をむしばむ孤独と孤立があります。そこから逃れようともがく時、悪魔を呼び込むこともあるのです。そのようなときは、聖霊により、神様との関係に目覚め、祈るしかありません。御聖体を頂き、心を更新することを強調されました。

 「初金家族の会」を立ち上げた松原 睦さんが、突然帰天されましたので、故松原 睦さんを偲ぶ会としました。松原さんと共に初金家族の会を立ち上げた思い、当時の話を志賀晴児さんが、その後の教会ホームページを立ち上げた時の話を井上信一さんが話されました。松原さんのライフワークとも言える「香」の研究、追求についての話などがあり、松原さんの人柄が偲ばれました。
 最後に、奥様の松原文子さんに、ご主人を偲ぶ思い出をお話しいただきました。松原さんの信仰に対する思いを分かち合い、初金家族の絆を深め合えたのではと思います。

 次回、「初金家族の会」は、7月5日の初金ミサの後、11時頃から信徒会館で、中嶋誠さんに「故 松原睦さんと歩いたキリシタン史探求」とのテーマで、巡礼の中でキリシタン信仰の核心を追い求めた話をしていただきます。
 「初金家族の会」は、初金ミサの後、貴重な体験を披露し、分かち合い、信仰を語り合う、信仰家族の絆を深め合う楽しい会です。皆様、どうぞお気軽にお立ち寄りください。

巻頭言:主任司祭 豊島 治「聞こえています」

聞こえています

主任司祭 豊島 治

 突然の真夏日の到来となりました。暑さ慣れしていないこの時期の気温30度超えは、体調にひびくといわれています。かといって、急激なクーラー内生活もまた負担になり得ますので、どう過ごすか難しいものです。

 先日、神学院で司祭を目指す神学生と、その同伴の司祭方に、講話をしてきました。院長さまから依頼があったとき思い出したのですが、私は2005年の司祭叙階でしたので、今年で15年となるわけで、神さまの計らいと原点復帰を促されたように感じました。

 司祭へと進む自分を意識したのは、中学2年生のときでした。通っていた教会に、「カッコイイ(?)」神父様たちが着任しました。おもしろくって、笑いがあって、でも落ち着きがあっての風格でした。4人の神父様が一つの教会でミサをされていたので、バランスがとれていたのかもしれません。
 一方、家庭状況ですが、父は昭和20年という戦争さなかでスパー神父様と出会い、洗礼を受けました。スパー神父様は、現在、「聖書と典礼」などを出版しているオリエンス宗教研究所の初期メンバーになっていた方です。父は神父様との出会いのなかで、親のように慕っていただけあって、自身が家庭をもち、家族の会話の中で今まで出会った司祭の思い出話が、多くありました。だからでしょうか、私が教会であった話の中で、司祭のちょっとした嫌みの話題になると、父に猛烈に怒られました。父が私にしていた信仰教育というのは、それだけかもしれません。私が神学校に入るとき、「司祭はハッピーな人生を送れないぞ」と静かに言いました。その父も、今年で帰天して10年となりました。
 母は戦争の疎開先の学校で出会ったシスターに憧れて、洗礼を受けたということでした。本気でシスターになりたかったのと聞いてみましたが、長い識別の期間を経て、社会の中で働く道を選びました。私の幼少期には、「さみしくなったらロザリオを唱えなさい」と言って、毎年5月になるとロザリオを買って、取り替えてくれました。その母も、現在ちょっと記憶が曖昧になってきました。

 そんな両親をもった私は、生後三カ月で洗礼を受けています。「善いと思ったことはすぐに」という私のパターンは遺伝のようです。その後、普通に近くの公立学校に義務教育時代は通っていました。しかし、不思議なことに、小学校の担任の先生の結婚相手は牧師で、中学の担任の先生はクリスチャンでした。小学校の先生は、卒業時の通信欄に、「こんなにクリスチャンであることを平気で公言できるあなたにびっくりしました。尊敬してます」と書かれていて、怒られっぱなしの小学生生活でしたので、コメントをみて意外に感じました。
 中学の先生は、「馬鹿は神父になれない。だから勉強しろ」が在学中のコメント、「ひとつのことを成そうとするのは素晴らしいこと」というのが卒業時のコメントでした。

 「普通に信じて生きていく」というスローガンを聞くと簡単ですが、難解なことに遭遇すると試練となる内容です。自分の力を信じすぎてバランスを失うし、自分を卑下すると、これもまた不安定になることがあるからです。ある程度の「不偏心(かたよりのないこころ)」が必要です。それができるのは心の自由を持つときです。祈り方も大事になります。
 これだ!というものがあって、洗礼なり修道院や神学校にはいるスタートがあっても、それが自分の人生に効き目をもたらすためには、ゆっくりとした時間とタイミングと相性という意味で、よき計らいが必要です。焦らないことです。

 4月の終わりの日曜日、多摩教会の主日ミサを平神父様に委ね、カリタスジャパンの務めで生まれ故郷の教会である高円寺教会でミサ&講話をしてきました。神学校に入ってから23年のご無沙汰にもかかわらず、その分年を経た教会の皆さんが、「しっかりやっているか? 大丈夫か?」の様相で講話の場にいてくださったとき、自分は見えない神さまの計らいに導かれているなと感じました。そして十年以上の友人関係だった人、40年間親のように指導してくれた方と親戚、また多摩教会の歴史のなかで大切なものを与えてくださった方々への葬儀の祈りをする機会がこの一カ月の間にありました。寂しさと同時に神のなさる素晴らしさをくみ取ることができる祈りの中で、その人生に向けた神さまの計らいの偉大さに驚嘆します。

 召命(しょうめい)という教会専門用語ですが、広い意味ではすべての人に神さまからの使命がある、狭い意味ではその呼びかけに賭けて司祭、修道者になるとあります。英語にあたるvocationには「天職」という説明が辞書にありました。
 多摩教会では、6月16日には、聖堂イコンを制作され、多摩教会とゆかりのあるシスター内海が2年ぶりに来日、多摩教会で講話をしてくださいます。6月30日には、多摩教会の信徒から神学校に入り、司祭となって25年になる猪熊太郎神父様の感謝と講話のチャンスがあります。
 広い人生の大海原で、神さまが導いてくれるということに賭けてみる。それはすべての人に該当します。そして見えない事が多いけれど、あの方が愛をもって見守ってくれている。そんな生き方を目指す我々に対して示唆となる言葉が、このお二人から頂けるかもしれません。

201905-01「排除ZEROキャンペーン」の講演を調布教会で

連載コラム:「チャリティギターコンサートを終えて」

= 弱音・不安は神様に預けて、受け入れあう笑顔をもらいに行こう =
連載コラム「スローガンの実現に向かって」第99回
「チャリティギターコンサートを終えて」

南大沢地区 加藤 泰彦

 夏が来れば思い出す、はるかな尾瀬、遠い空
 皆さんの歌声がひとつになり、聖堂に響き渡りました。

 4月28日午後、今年で第8回目となるチャリティコンサートが幕を閉じました。
 ソウル在住のギタリスト、キム・ソンジンさんを中心にしたギター五重奏団「グランギタークインテット」とヴァイオリニストのキム・スオンさん、このコンサートのために忙しいスケジュールをやりくりして多摩教会までいらしてくださいました。

 2011年5月1日、東日本大震災発生から2カ月もたたないこの日、韓国からこの震災復興のために音楽を通じて協力をしたいという熱意のもと、キム・ソンジンさんのギターコンサートが開かれました。この初回からずっとコーディネーターをしてくださっている、崔承埈(チェ・スンジュン)さんからこの話をいただいたときには、ちょっとびっくりしました。この時期にコンサートを予定していた海外の演奏家たちの多くは、コンサートをキャンセルしていました。それにもかかわらず、コンサートを開いてくれたのです。後で聞いたことですが、周囲からは大反対されたとか。
 ギターコンサートには多摩教会聖堂はうってつけの場所です。ギターの音量に見合った適度な広さと、すばらしい響きを生む高い天井。初めてのコンサートは大きな反響をもって終わりました。それ以降、ほぼ毎年、彼はこの多摩教会に足を運んでくれました。初回は一人の演奏でしたが、その後、ギター二重奏、ヴァイオリンとの二重奏、ギター五重奏、五重奏にヴァイオリンとクラリネットが加わるという内容のバージョンアップがされてきました。次々新たな協力者が集まり、音楽を通しての震災復興支援活動の輪が広がっていきました。

 震災の記憶は年を経るごとにだんだんと人々の記憶から遠のいていくにもかかわらず、この活動を続けてくださったキム・ソンジンさんはじめ皆さんには、心から感謝の拍手を送りたいと思います。今回も来てくださったヴァイオリンのキム・スオンさんは、昨年のコンサートの後で、演奏しながら普通の演奏会では味わうことのできない感動に包まれた、というお話をしてくださいました。大震災で被災された方々、なくなられた方々、復興支援に携わる方々、すべての人々へ思いを馳せ、あの出来事を忘れない、いつまでも記憶にとどめる。その会場の雰囲気が彼女の心を揺さぶったのかもしれません。

 昨年からは、多摩教会混声合唱団「ぶどうの実」との競演も実現しました。音楽を通じての交流も深められました。

 このチャリティコンサートは今回を持って終了することになりました。今年のコンサートでいただいたアンケートでは、存続を求める声が大きかったのですが、コーディネーターを務めてくださった崔さんが、お仕事の都合でしばらく日本を離れられることになったため、とりあえず一区切りをつけることにいたしました。
 今後また新たな機会があれば、ぜひキム・ソンジンさんはじめ皆さんの演奏を聞きたいと思います。夏が来ると思い出す、あのコンサートを!

201905-02キム・ソンジンさんを中心に結成されたギター五重奏団「グランギタークインテット」

5月:「初金家族の会」からのお知らせ

「初金家族の会」からのお知らせ

島田 潤一

 やっと五月晴れとなった10連休の半ばの初金の日でした。豊島神父さまの説教は、初金の日の福音に関連し、使徒フィリポ、ヤコブについて話され、キリストのなかにとどまることの意味と大切さを示されました。また、病床訪問での話より、病床での平安のために、いつも共にいてくださるキリストを信じ、すべてを委ね、すがることと話されました。

 5月、初金家族の会は、お休みでした。次回は6月7日となり、初金ミサの後、11時頃より、信徒館での開催を予定しています。テレビ番組、「夜の巷を徘徊する」のなかでカテドラルマリア大聖堂を紹介したところの視聴を予定しています。聖堂に込められた思い、パイプオルガンの音色に触れ、信仰を深めたいと企画しました。

 「初金家族の会」は、初金ミサの後、貴重な体験を披露し、分かち合い、信仰を語り合う、信仰家族の絆を深め合う楽しい会です。皆様、どうぞお気軽にお立ち寄りください。