連載コラム

連載コラム「スローガンの実現に向かって」第27回

「オアシス広場」

一ノ宮・関戸地区 吉村 征哉

 多摩教会にはよその教会からも信者さんがたくさん訪問してくださいます。カトリックだけではなく、プロテスタントや聖公会の兄弟姉妹も遊びに来てくださいます。そして、いろんなお話をさせていただくのですが、初めて来られる方などは、信徒館よりも、オアシス広場のほうがリラックスできるようで、ベンチでお話させていただくことが多く、今ではオアシス広場は重要なコミュニケーションの場となっています。

 先日遠くのカトリック教会から来られた姉妹がこんなことをおっしゃるんです。
 「晴佐久神父様の福音はすばらしいんですが・・・。私少し怖いんです」
 「ええ? それはなぜですか?」
 「だってすべての人が救われるんでしょ? それだと、私困るんです」
 「どう困るんですか?」
 「あまり・・・向こうに行ってから、お会いしたくない方もいるからです・・・」

 なるほどなぁ、もっともだと思ってしまいました。私にも思い当たるふしがないわけではありません。しかし、これは少し違います、心配には及びません。天国というのは、魂の平安が完全に得られる場所ですから、その人にとってイヤなことは何ひとつ起こらないんです。逆に言えば、イヤなことが起こるような場所は天国ではないからです。ここまでは、確かなことですが、これを具体的(?)に説明するのは至難の技で、実際天国がどんなところか、どんな構造になっているかは、誰にもわからないので困ります。

 月並みですが、ダンテの神曲を例にひいて、「神様のご配慮で、天国は複数の階層に分かれていて、似たような境遇の人、近い思想、価値観をもつ人に分かれて住んでいるので、貴方にとって困る人と一緒に暮らさなければならないことはないと思いますよ」と、ご説明したものの、果たしてこれで良かったのか悪かったのか・・・。

 でも、その姉妹は「安心しました」とその後メールで伝えてくださいましたので、私もほんとうに、安心しました。

巻頭言:主任司祭 晴佐久昌英

ここで葬儀ミサをしてほしい

主任司祭 晴佐久 昌英

 この巻頭言は教会HPに載りますし、個人的な事情も含まれますので洗礼名だけで表記することにしますが、ミカエル君が亡くなりました。まだ若かったのですが、身寄りもなく、一人暮らしの突然死だったので、発見されたのは亡くなった二日後でした。
 つい最近多摩教会に転入したばかりでしたが、持ち前の人懐っこさと世話好きの性格であっという間に教会内の知り合いを増やし、様々な集いに顔を出して賑やかにおしゃべりをしていました。おやつの会で、色々とうんちくを語りながら、うれしそうにみんなにおいしいコーヒーを振舞っていた姿が忘れられません。信仰深く、自分の洗礼名にもしたように大天使ミカエルが大好きで、部屋には大きなミカエルのポスターが貼ってあったそうです。

 警察の検視が終わり、さてご葬儀等をどうするかということになるわけですが、いくら本人がカトリック信者であり、教会で是非葬儀ミサをして差し上げたいと思っても、ご遺族の意向がまず第一ですし、今回のように身寄りがないという場合は、行政の意向もからんできますから、勝手にするわけにはいきません。
 実はこれを書いている今日、その件で、彼に関わる市役所の担当者と電話でお話しできました。それによると、「来週の月曜日の午前9時に、役所の取り決めによって火葬することが決まったので、もしも何かお祈りをするのであれば、火葬前の10分程度ならできますよ」ということでした。
 それで、「教会は信仰の家族ですし、ぜひ聖堂で葬儀をして差し上げたい。前日の日曜日に、当教会で葬儀ミサをすることはできないか」と聞いてみました。すると、「それは費用がかかるので、できません」と言うのです。「いえ、もちろん、費用は教会が負担しますからご心配なく」と言うと、「お骨はどうするのですか」と聞く。「当日私が引き取って教会に安置し、しかるべき時にカトリック霊園の多摩教会共同墓地に埋葬します」と答えると、また「費用はどうするんですか」と言う。「もちろん、教会が負担しますからご心配なく。あの、申しあげている通り、私たち家族ですから」と答えると、何と返事は「上司と相談します」でした。
 数時間後に「ではよろしくお願いします」という回答をいただいてほっとした次第ですが、ともかく、このニューズが印刷されて発行される日曜日の午後、聖堂でミカエル君の葬儀ミサが行われることになりました。ここに転入する前に所属していた教会の神父と友人も来ることになりましたし、障害を持っていた彼を支援していたセンターの方たちも来てくださるそうで、少しは賑やかに送って差し上げることが出来そうです。きっと、一足先に天に召されたあのスーパーお人よしのミカエル君と、神さまのはからいによって出会えたわたしたちが、天の家族としてひとつに結ばれる、素晴らしいミサが実現することでしょう。

 役所の方と話していて思ったのは、やはり「信仰の家族」、「天の家族」というような教会の感覚は、なかなか世間ではピンと来ないだろうな、ということです。しかし、このバラバラで冷たい時代に、一番求められているのは、その感覚ではないでしょうか。その人がどういう人かということとは関係なしに、神さまが洗礼で結んでくれたんだからキリストの家族なんだという無条件なる絆こそは、個人主義や効率主義が極まり、すべてが「費用」に換算されるこの時代の、暖かい希望ではないでしょうか。
 もちろん、本人はもう天国ですから、どんな葬儀だろうと救いには無関係です。しかし、どんな葬儀をしているかを見れば、それがどのような「家族」であるかは一目瞭然です。
 ああ、ここで葬儀ミサをしてほしい、みんながそう思う教会は、良い教会です。

投稿記事1:「ゆるしの秘跡について」

ゆるしの秘跡について

イエスのカリタス修道女会多摩修道院 院長 シスター山口

 私たちの生活の中にはいろいろな決まりがあります。
 例えば道路を渡るには青信号で渡りましょうとか、電車に乗る為きちんと並びましょうとか・・でもこれはぜひとも守るように強要されているものではありません。でも大方の人はそういうルールを守っています。何故でしょうか? 守る事によって自分の身を守る事が出来ますし、周りの人に嫌な気持ちを起こさせないで済みます。
 教会にも掟なるものがあります。主日のミサに参加しましょうとか、各々の分に応じて教会の財政を助けるため維持費を納めましょうとか、少なくとも年に一度はゆるしの秘跡を受けましょうとか・・。
 ところでこのゆるしの秘跡ですが年々受ける人が少なくなってきているように感じます。
 もしかしたらゆるしの秘跡に偏見を抱いていないでしょうか?ゆるしの秘跡は罪人が受けるもの!?などと・・・。いいえ。もしそう思っていたらそれは間違いです。教会で聖人と呼ばれている方々はゆるしの秘跡をよく大事にしました。
 ゆるしの秘跡は復活なさったキリストご自身が、人々の救いの為にとお定めになり、罪を赦す権能を使徒とその後継者である司教及び司教の協力者である司祭にお授けになりました。

 私たちは洗礼を受けて心は清められ救いの恵みを受けました。でも考えてみて下さい。きれいなコートも着用しているうちにいつの間にか汚れてくるように、私たちの心も気付かないうちに少しずつくすんできます。洋服をクリーニングするように私たちの心もクリーニングが必要です。それがゆるしの秘跡・・・。
 毎日神様の愛にどのようにお応えしたか、神様から遠ざかっていなかったか、神様からの愛に気づいていたか、ちょっと心の静けさを保って神様と向き合いましょう。
 神様は透き通った鏡のよう。私たちは鏡を見て身だしなみを整えます。きれいな鏡ほど服の汚れとか顔のくすみとかを鮮明に映し出 します。すると私たちは見えているその部分をきれいにします。
 ゆるしの秘跡も似たようなもの。曇りない鏡である神様の前に映し出された自分の心のくすみを取り除いて頂くため、神様の代理者である司祭に心の状態を打ち明けご指導を願います。そうすることによって心が清められ、ますます神様の愛が心に反映され神様の愛に近づいていく者となるでしょう。

 ちなみにイエスのカリタス 修道女会のシスターは少なくとも月に一度ゆるしの秘跡にあずかっています。司祭にはゆるしの秘跡の中身について話してはいけないという守秘義務が厳しく課せられています。
 多摩カトリック教会では3月9日と3月10日に共同回心式とゆるしの秘跡があります。ぜひ率先してゆるしの秘跡にあずかり、くすみかけた心に輝きを取り戻しましょう。

投稿記事2:「齋藤準之助さんのこと」

齋藤準之助さんのこと

北村 司郎

 この数年の間に多摩教会の創設の頃、活躍された方々が亡くなられ、淋しいかぎりである。
 鈴木眞一さん、遠藤和輔さん、森崎哲夫さんしかりである。
 先日、創立当初、最初の家庭ミサから多摩教会におられた齋藤準之助さんが亡くなられた。

 最初の家庭ミサのあと、当時の白柳大司教様と、諏訪2丁目の建物をバックに記念写真を撮ったが、その写真は献堂記念誌の中にも掲載されている。その中に彼の家族をいるが、彼はいない。なぜなら彼が撮影したからである。
 彼はこのように、記念写真のみならず、教会の歩みを写真として残してくれた。現在の信徒館1階、2階に飾ってある記念写真はほとんど彼の作品である。大部分はかおり保育園でのものである。多分最初の写真のように彼の姿はその写真の中にはほとんどない。それが、写真家として彼のポリシーだったのかもしれない。
 しかし、葬儀の日、聖堂の後ろに数枚の写真が飾ってあったが、その中に寺西神父様と数名でかおり保育園の園庭で撮った写真があったが、その中には若いころの彼が写っていた。それは多摩教会の仲間たちを大切に思っていた証拠のような気がしている。

 彼はあまり過去のことは語りたがらなかったが、サレジオ会での修道者を数年間目指していたことを、葬儀の日コンプリ神父が語っていた。そのためか、20数年前になるが奥様の葬儀も調布のサレジオの神学院で行った。もちろん当時の多摩教会はマンションで冠婚葬祭は出来るような状態ではなかった。
 その葬儀の2,3日前、悪いけど弔辞を読んでくれない?と依頼された。私にとって後にも先にも弔辞を読んだのは、これが最初で最後である。今から考えると貴重な経験をさせていだいた、と思っている。その時飾られていた写真に、奥様が教皇様からご聖体をいただいている写真があった。お二人でバチカンに行かれ、彼の快心の1枚だったのであろう。

 彼は幼稚園や学校と契約して写真の撮影、販売行っていたためか、学校行事のシーズンは行事が重なり相当多忙だったようである。行事が重なったりした場合、撮影者を確保するため、ずいぶん苦労されていたようである。私もカメラマンを紹介するよう依頼されたことが数回あった。
 そんなこともあり、先生方との交流も深く、市内の学校の状況などには詳しかったようである。そのためか、多摩市の青少年委員としての活動も彼の活動のひとつであった。青少年委員とは市長が10数人を委嘱し、全市的な見地から、社会教育的に子どもたちを育てていくための施策を行う、委員たちである。
 私も彼の紹介で何年か、この委員をさせていただいたが、後から伺ったことだが、信徒の方に青少年委員として入っていて欲しかったから、といっていた。特別に教会と関係するわけではないが、そんなことにも気を使っていたのである。
 ちなみに私のあと、落合地区でサッカーを子どもたちに教えていた、柴田氏が受け継いでくれた。

 葬儀の日、当時、一緒に青少年委員をやった現在、奈良在住の谷田氏からの心温まる弔電が読まれていたが、彼の人柄が偲ばれ、懐かしかった。
 概して、教会の外での活躍が多かった準之助さんだが、教会の外でもそのいくつかに私は立ち会わせて頂いたことに感謝している。
 大きな行事にはカメラと三脚を担いで現れる彼の姿をみるとなぜか、ほっとしたのは私だけではないのではないだろうか。

巻頭言:主任司祭 晴佐久昌英

洗礼シーズン到来

主任司祭 晴佐久 昌英 神父

 今年も洗礼シーズンとなりました。今、大勢の方々が洗礼の準備をしていますし、教会もまた、この方々を受け入れる準備をしているところです。もっとも、一般の信者たちは、多摩教会において実際にはどのような過程で受洗者を迎え入れているのかを知らない人も多いと思いますので、ここでは主に、目に見える書類などを中心に説明しておきたいと思います。

 インターネットや人の紹介、チラシや看板など、様々な方法で多摩教会を知った人は、電話をかけて相談に来られたり、ミサやおやつの会、バザーやクリスマス会に参加するなどして、ある日、教会を初めて訪れる日がやって来ます。そこで受付係や信者、神父と出会い、出会った日からもう教会家族の一員として迎え入れられます。そのとき渡されるのが、「ようこそ多摩教会へ」(写真1)です。ここには神の愛が語られていて、教会についての説明、そして入門講座の案内などが載っています。
 そうして受付係や、ミサで出会った人、おやつの会で顔見知りになった仲間たちなどから勧められて入門講座に顔を出すと、入門係から「入門講座申込書」(写真2)が渡されますので、これに必要事項を書き込んで参加申し込みをします。講座は金、土、日と3つあってどれに参加してもいいのですが、とりあえずいずれかの曜日の講座に所属することになります。申し込んだ方には、教科書として「祈りの手帳」(写真3-1)「キリスト教とは何か」(写真3-2)「十字を切る」(写真3-3)が配られます。
 入門講座で福音を聞き、教会家族と教会体験を重ね、ついに洗礼を受けたいと思うようになったら、「洗礼志願書」(写真4)を入門係に提出します。提出期間は、原則として待降節第1主日から、四旬節の始まる2週間前までです。洗礼志願書には「洗礼志願動機書」(写真5)を添えて提出します。また、洗礼許可を受けるための司祭面談を司祭に直接申し込みます。この面談は志願書提出期間内に行っていただきます。もちろん、まだ迷っている人も面談して相談することが出来ます。
 面談で洗礼許可をもらった人は、その場で「洗礼許可証」(写真6)に司祭のサインをもらいます。本人がこれまでの人生の歩みを語り、信仰を告白し、洗礼を望み、司祭が教会としてそれを受け入れる瞬間は、とても感動的です。サインをもらった許可証は、速やかに入門係に提出します。入門係は「おめでとう!」と祝福します。これで晴れて洗礼志願者となる資格が与えられ、洗礼志願式に臨みます。正式に洗礼志願者となるのは、この洗礼志願式においてです。
 洗礼志願式は、四旬節第一主日のミサの中で行われます。式中、キリスト教信仰のまとめである「使徒信条」(写真7)が授与されます。また、さきに提出した洗礼許可証が再び配られますので、そこに自らの手で署名をします。洗礼の意思を正式に表すためです。こうして洗礼志願者となったものは、洗礼式までの間、特にミサを大切にし、祈りのうちに過ごしますが、同時に信者たちの祈りに包まれ、支えられて過ごします。四旬節の間、全世界の教会は洗礼志願者のために祈ります。
 いよいよ洗礼式。聖週間の頂点、「復活の聖なる徹夜祭」の中で、洗礼の儀がおこなわれます。神さまが、キリストにおいて、聖霊による洗礼を授けてくださいます。洗礼の記念として、「洗礼証明書」(写真8)が授与されます。これは、大切な記念として額に入れて飾ったりするものです。また、教会からのお祝いとして、本人のお名前と司祭の署名の入った聖書(写真9)が贈られます。洗礼の正式な記録は、「洗礼台帳」(写真10)に記されます。主任司祭が署名するこの台帳は、受洗教会にいつまでも保管されます。もっとも、真の記録は、天において永遠に刻まれているのですが。

 新年を迎え、今年もいよいよ、洗礼志願式が間近になって来ました。早々と洗礼面談を終えて晴れやかに志願式を待っている方たちもいますし、これから面談をする人や、洗礼自体をなお迷っている人などもいて、洗礼シーズンも本番を迎えようとしています。神さまが、一人ひとりの上に大いなる恵みを注いでくださるよう、共に祈りましょう。今年の洗礼志願書提出期限は、2月3日です。

連載コラム

連載コラム「スローガンの実現に向かって」第26回

荒れ野のオアシスとなる教会をめざして

鶴牧地区 北村 司郎

 今年の活動方針として、今回も「荒れ野のオアシス教会を目指して」を提案することになった。その話し合いの中で、神父様からカトリック新聞、昨年の11月11日号のある記事の紹介があった。その記事の内容を先ずは紹介させていただく。
 それは「皆が満たされるミサにするために」という表題で、一信徒の投稿記事である。ミサが終わって家路につく人の顔が、うつむき加減で暗い顔で帰って行かれる人が目立つようになってきた。多くの問題を抱えて、ミサに参加しても満たされ、癒されていない。そのことに教会は無関心であって、教会のそのような姿勢そのものに問題があるのではないだろうか。それは修道会の教会よりも、教区の教会の方が敷居を高くしている教会が多い気がする。そんな状況の中で、福音宣教のため主任神父様を中心に、信徒一体になって「荒れ野のオアシス」運動を展開されている教会もあるが、それはほんの一部の教会である。
 教会に来て満たされないで帰る人々に対しての責任は、司祭にだけあるのではなく私たち信徒全員の責任である。おおよそ以上のような内容であるが、ここに書かれた「荒れ野のオアシス教会」とは実は私たち多摩教会を言っているのではないか、と神父様は言われた。このような教会の一般的な状況であれば、私たちの今年の目標も続けることには意味がある、ということである。
 聖書の中には教会と訳された「エクレジア」という言葉は数回しかでてこない。この言葉の本来の意味は「集まり」だそうだ。神様によって呼び集められた人々の「集まり」である。その集まりの中で人は癒され、もう大丈夫、と感じられれば、明るい顔で家路につくことが出来るのであろう。それが教会の本来の姿である。即ち、本来教会はオアシスなのである。しかし、人が集まると、別方向へ歩きだすことも事実である。そのため、敷居の高い教会が出来上ってしまったのである。だから、オアシス教会にするためには、そこに集う人々が力を出し合ってオアシスを意識的に作ろうとしないとならないのである。
 教会の本来の機能を取り戻し、オアシスにするために、次のような提案をしたい。自分の持っているタレントを教会のために使ってみませんか。与えられるよりは与えてみませんか。その方が喜びも大きいはずです。今の多摩教会には皆さんの持っているタレントが必要です。少しずつ教会の仕事を分担すればもっと素晴らしい教会になるのだと思います。
 そして、オアシスに属していることを楽しもうではありませんか。そのようなオアシスには人々が集まってきます。

投稿記事

スモールクワイヤによるチャリティコンサートのお礼

イエスのカリタス修道女会多摩修道院 院長 シスター山口

 1月13日(日)10時のミサ後、イエスのカリタス修道女会スモールクワイヤのチャリティコンサートを皆様のご協力により、無事終了することができました。
 当日は遠距離からのお客様も含め大勢の方々がご参加くださり、歌を通して祈りを共にすることができました。
 またチャリティへのご協力も多大で武蔵野ダルクへまとまった金額の寄付ができるとスモールクワイヤのメンバーも喜んでいました。
 晴佐久神父様がじめ多摩教会の皆様のご協力に心から感謝申し上げます。又、当日ご奉仕下さった方々にも心から感謝いたします。有難うございました。
 来る3月10日(日)には、イエスのカリタス修道女会日本管区本部(杉並区)におきまして、午後1時30分より東日本大震災の被災者に思いを寄せる集いが行われます。お時間の許す方はそちらの方にも是非足をお運びください。
 詳細はイエスのカリタス修道女会ホームページスモールクワイヤコンサート出演予定をご覧ください。

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2013年


12月号

( No.484)

2013.12.21

カリタス釜石の新センター建設資金援助のお願い晴佐久 昌英 神父
耀うBABY ANGEL稲城・川崎地区
小俣 亜里
コルベ会の活動停止に際しコルベ会
波田野 洋子
「初金家族の会」12月例会報告


11月号

( No.483)

2013.11.16

バチカン庭園の聖母像晴佐久 昌英 神父
カトリックとの出会い愛宕・乞田・鹿島・松が谷・和田地区
加勇田 明子
五日市霊園多摩教会墓地への墓参委員長補佐
北村 司郎
「初金家族の会」11月例会報告広報


10月号

( No.482)

2013.10.26

あんぱんまんとイエスさま晴佐久 昌英 神父
美味しいパスタスープの作り方桜ヶ丘地区
奥原 華
どうぞおはいりください(おやつの会)関戸・一ノ宮地区
尾崎 ナオ
「初金家族の会」10月例会報告


9月号

( No.481)

2013.9.21

岩 波 ホール晴佐久 昌英 神父
祈りと行動の調和を目指して諏訪・永山・聖ヶ丘地区
清水 祐子
ワールドユースデーに参加して貝取・豊ヶ丘地区
塚本 博幸
人間の原点に戻った「無人島キャンプ」諏訪・永山・聖ヶ丘地区
伊禮 正太郎


8月号

( No.480)

2013.8.17

仲間たちと、出発しましょう!晴佐久 昌英 神父
私を支えてくれるもの愛宕・乞田・鹿島・松が谷・和田地区
石濱 裕絵


7月号

( No.479)

2013.7.20

世界がガラリと変わる晴佐久 昌英 神父
入門講座を垣間見て諏訪・永山・聖ヶ丘地区
青柳 敏一


6月号

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50年後の多摩教会晴佐久 昌英 神父
心のオアシスを求めて稲城地区 竹内博年


5月号

( No.477)

2013.5.18

一緒にいるよ晴佐久 昌英 神父
歌は最高の祈り、音楽は聖霊の湧き出るオアシスの泉
〜私の信仰告白として〜
稲城地区 小俣浩之


4月号

( No.476)

2013.4.20

光と、ことばと、水と、パン晴佐久 昌英 神父
帰国中年が出会ったオアシス日野・野猿地区
渡邉 顕彦


3月号

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2013.3.23

釜石ベースのために、中古ワゴンを贈りたい!晴佐久 昌英 神父
「オアシス広場」一ノ宮・関戸地区
吉村 征哉


2月号

( No.474 )

2013.2.16

ここで葬儀ミサをしてほしい晴佐久 昌英 神父
ゆるしの秘跡についてイエスのカリタス修道女会多摩修道院 院長 シスター山口
齋藤準之助さんのこと北村 司郎


1月号

( No.473 )

2013.1.19

洗礼シーズン到来晴佐久 昌英 神父
荒れ野のオアシスとなる教会をめざして鶴牧地区 北村司郎
スモールクワイヤによるチャリティコンサートのお礼イエスのカリタス修道女会多摩修道院 院長 シスター山口