投稿記事1:「ゆるしの秘跡について」

ゆるしの秘跡について

イエスのカリタス修道女会多摩修道院 院長 シスター山口

 私たちの生活の中にはいろいろな決まりがあります。
 例えば道路を渡るには青信号で渡りましょうとか、電車に乗る為きちんと並びましょうとか・・でもこれはぜひとも守るように強要されているものではありません。でも大方の人はそういうルールを守っています。何故でしょうか? 守る事によって自分の身を守る事が出来ますし、周りの人に嫌な気持ちを起こさせないで済みます。
 教会にも掟なるものがあります。主日のミサに参加しましょうとか、各々の分に応じて教会の財政を助けるため維持費を納めましょうとか、少なくとも年に一度はゆるしの秘跡を受けましょうとか・・。
 ところでこのゆるしの秘跡ですが年々受ける人が少なくなってきているように感じます。
 もしかしたらゆるしの秘跡に偏見を抱いていないでしょうか?ゆるしの秘跡は罪人が受けるもの!?などと・・・。いいえ。もしそう思っていたらそれは間違いです。教会で聖人と呼ばれている方々はゆるしの秘跡をよく大事にしました。
 ゆるしの秘跡は復活なさったキリストご自身が、人々の救いの為にとお定めになり、罪を赦す権能を使徒とその後継者である司教及び司教の協力者である司祭にお授けになりました。

 私たちは洗礼を受けて心は清められ救いの恵みを受けました。でも考えてみて下さい。きれいなコートも着用しているうちにいつの間にか汚れてくるように、私たちの心も気付かないうちに少しずつくすんできます。洋服をクリーニングするように私たちの心もクリーニングが必要です。それがゆるしの秘跡・・・。
 毎日神様の愛にどのようにお応えしたか、神様から遠ざかっていなかったか、神様からの愛に気づいていたか、ちょっと心の静けさを保って神様と向き合いましょう。
 神様は透き通った鏡のよう。私たちは鏡を見て身だしなみを整えます。きれいな鏡ほど服の汚れとか顔のくすみとかを鮮明に映し出 します。すると私たちは見えているその部分をきれいにします。
 ゆるしの秘跡も似たようなもの。曇りない鏡である神様の前に映し出された自分の心のくすみを取り除いて頂くため、神様の代理者である司祭に心の状態を打ち明けご指導を願います。そうすることによって心が清められ、ますます神様の愛が心に反映され神様の愛に近づいていく者となるでしょう。

 ちなみにイエスのカリタス 修道女会のシスターは少なくとも月に一度ゆるしの秘跡にあずかっています。司祭にはゆるしの秘跡の中身について話してはいけないという守秘義務が厳しく課せられています。
 多摩カトリック教会では3月9日と3月10日に共同回心式とゆるしの秘跡があります。ぜひ率先してゆるしの秘跡にあずかり、くすみかけた心に輝きを取り戻しましょう。

投稿記事2:「齋藤準之助さんのこと」

齋藤準之助さんのこと

北村 司郎

 この数年の間に多摩教会の創設の頃、活躍された方々が亡くなられ、淋しいかぎりである。
 鈴木眞一さん、遠藤和輔さん、森崎哲夫さんしかりである。
 先日、創立当初、最初の家庭ミサから多摩教会におられた齋藤準之助さんが亡くなられた。

 最初の家庭ミサのあと、当時の白柳大司教様と、諏訪2丁目の建物をバックに記念写真を撮ったが、その写真は献堂記念誌の中にも掲載されている。その中に彼の家族をいるが、彼はいない。なぜなら彼が撮影したからである。
 彼はこのように、記念写真のみならず、教会の歩みを写真として残してくれた。現在の信徒館1階、2階に飾ってある記念写真はほとんど彼の作品である。大部分はかおり保育園でのものである。多分最初の写真のように彼の姿はその写真の中にはほとんどない。それが、写真家として彼のポリシーだったのかもしれない。
 しかし、葬儀の日、聖堂の後ろに数枚の写真が飾ってあったが、その中に寺西神父様と数名でかおり保育園の園庭で撮った写真があったが、その中には若いころの彼が写っていた。それは多摩教会の仲間たちを大切に思っていた証拠のような気がしている。

 彼はあまり過去のことは語りたがらなかったが、サレジオ会での修道者を数年間目指していたことを、葬儀の日コンプリ神父が語っていた。そのためか、20数年前になるが奥様の葬儀も調布のサレジオの神学院で行った。もちろん当時の多摩教会はマンションで冠婚葬祭は出来るような状態ではなかった。
 その葬儀の2,3日前、悪いけど弔辞を読んでくれない?と依頼された。私にとって後にも先にも弔辞を読んだのは、これが最初で最後である。今から考えると貴重な経験をさせていだいた、と思っている。その時飾られていた写真に、奥様が教皇様からご聖体をいただいている写真があった。お二人でバチカンに行かれ、彼の快心の1枚だったのであろう。

 彼は幼稚園や学校と契約して写真の撮影、販売行っていたためか、学校行事のシーズンは行事が重なり相当多忙だったようである。行事が重なったりした場合、撮影者を確保するため、ずいぶん苦労されていたようである。私もカメラマンを紹介するよう依頼されたことが数回あった。
 そんなこともあり、先生方との交流も深く、市内の学校の状況などには詳しかったようである。そのためか、多摩市の青少年委員としての活動も彼の活動のひとつであった。青少年委員とは市長が10数人を委嘱し、全市的な見地から、社会教育的に子どもたちを育てていくための施策を行う、委員たちである。
 私も彼の紹介で何年か、この委員をさせていただいたが、後から伺ったことだが、信徒の方に青少年委員として入っていて欲しかったから、といっていた。特別に教会と関係するわけではないが、そんなことにも気を使っていたのである。
 ちなみに私のあと、落合地区でサッカーを子どもたちに教えていた、柴田氏が受け継いでくれた。

 葬儀の日、当時、一緒に青少年委員をやった現在、奈良在住の谷田氏からの心温まる弔電が読まれていたが、彼の人柄が偲ばれ、懐かしかった。
 概して、教会の外での活躍が多かった準之助さんだが、教会の外でもそのいくつかに私は立ち会わせて頂いたことに感謝している。
 大きな行事にはカメラと三脚を担いで現れる彼の姿をみるとなぜか、ほっとしたのは私だけではないのではないだろうか。

巻頭言:主任司祭 晴佐久昌英

洗礼シーズン到来

主任司祭 晴佐久 昌英 神父

 今年も洗礼シーズンとなりました。今、大勢の方々が洗礼の準備をしていますし、教会もまた、この方々を受け入れる準備をしているところです。もっとも、一般の信者たちは、多摩教会において実際にはどのような過程で受洗者を迎え入れているのかを知らない人も多いと思いますので、ここでは主に、目に見える書類などを中心に説明しておきたいと思います。

 インターネットや人の紹介、チラシや看板など、様々な方法で多摩教会を知った人は、電話をかけて相談に来られたり、ミサやおやつの会、バザーやクリスマス会に参加するなどして、ある日、教会を初めて訪れる日がやって来ます。そこで受付係や信者、神父と出会い、出会った日からもう教会家族の一員として迎え入れられます。そのとき渡されるのが、「ようこそ多摩教会へ」(写真1)です。ここには神の愛が語られていて、教会についての説明、そして入門講座の案内などが載っています。
 そうして受付係や、ミサで出会った人、おやつの会で顔見知りになった仲間たちなどから勧められて入門講座に顔を出すと、入門係から「入門講座申込書」(写真2)が渡されますので、これに必要事項を書き込んで参加申し込みをします。講座は金、土、日と3つあってどれに参加してもいいのですが、とりあえずいずれかの曜日の講座に所属することになります。申し込んだ方には、教科書として「祈りの手帳」(写真3-1)「キリスト教とは何か」(写真3-2)「十字を切る」(写真3-3)が配られます。
 入門講座で福音を聞き、教会家族と教会体験を重ね、ついに洗礼を受けたいと思うようになったら、「洗礼志願書」(写真4)を入門係に提出します。提出期間は、原則として待降節第1主日から、四旬節の始まる2週間前までです。洗礼志願書には「洗礼志願動機書」(写真5)を添えて提出します。また、洗礼許可を受けるための司祭面談を司祭に直接申し込みます。この面談は志願書提出期間内に行っていただきます。もちろん、まだ迷っている人も面談して相談することが出来ます。
 面談で洗礼許可をもらった人は、その場で「洗礼許可証」(写真6)に司祭のサインをもらいます。本人がこれまでの人生の歩みを語り、信仰を告白し、洗礼を望み、司祭が教会としてそれを受け入れる瞬間は、とても感動的です。サインをもらった許可証は、速やかに入門係に提出します。入門係は「おめでとう!」と祝福します。これで晴れて洗礼志願者となる資格が与えられ、洗礼志願式に臨みます。正式に洗礼志願者となるのは、この洗礼志願式においてです。
 洗礼志願式は、四旬節第一主日のミサの中で行われます。式中、キリスト教信仰のまとめである「使徒信条」(写真7)が授与されます。また、さきに提出した洗礼許可証が再び配られますので、そこに自らの手で署名をします。洗礼の意思を正式に表すためです。こうして洗礼志願者となったものは、洗礼式までの間、特にミサを大切にし、祈りのうちに過ごしますが、同時に信者たちの祈りに包まれ、支えられて過ごします。四旬節の間、全世界の教会は洗礼志願者のために祈ります。
 いよいよ洗礼式。聖週間の頂点、「復活の聖なる徹夜祭」の中で、洗礼の儀がおこなわれます。神さまが、キリストにおいて、聖霊による洗礼を授けてくださいます。洗礼の記念として、「洗礼証明書」(写真8)が授与されます。これは、大切な記念として額に入れて飾ったりするものです。また、教会からのお祝いとして、本人のお名前と司祭の署名の入った聖書(写真9)が贈られます。洗礼の正式な記録は、「洗礼台帳」(写真10)に記されます。主任司祭が署名するこの台帳は、受洗教会にいつまでも保管されます。もっとも、真の記録は、天において永遠に刻まれているのですが。

 新年を迎え、今年もいよいよ、洗礼志願式が間近になって来ました。早々と洗礼面談を終えて晴れやかに志願式を待っている方たちもいますし、これから面談をする人や、洗礼自体をなお迷っている人などもいて、洗礼シーズンも本番を迎えようとしています。神さまが、一人ひとりの上に大いなる恵みを注いでくださるよう、共に祈りましょう。今年の洗礼志願書提出期限は、2月3日です。

連載コラム

連載コラム「スローガンの実現に向かって」第26回

荒れ野のオアシスとなる教会をめざして

鶴牧地区 北村 司郎

 今年の活動方針として、今回も「荒れ野のオアシス教会を目指して」を提案することになった。その話し合いの中で、神父様からカトリック新聞、昨年の11月11日号のある記事の紹介があった。その記事の内容を先ずは紹介させていただく。
 それは「皆が満たされるミサにするために」という表題で、一信徒の投稿記事である。ミサが終わって家路につく人の顔が、うつむき加減で暗い顔で帰って行かれる人が目立つようになってきた。多くの問題を抱えて、ミサに参加しても満たされ、癒されていない。そのことに教会は無関心であって、教会のそのような姿勢そのものに問題があるのではないだろうか。それは修道会の教会よりも、教区の教会の方が敷居を高くしている教会が多い気がする。そんな状況の中で、福音宣教のため主任神父様を中心に、信徒一体になって「荒れ野のオアシス」運動を展開されている教会もあるが、それはほんの一部の教会である。
 教会に来て満たされないで帰る人々に対しての責任は、司祭にだけあるのではなく私たち信徒全員の責任である。おおよそ以上のような内容であるが、ここに書かれた「荒れ野のオアシス教会」とは実は私たち多摩教会を言っているのではないか、と神父様は言われた。このような教会の一般的な状況であれば、私たちの今年の目標も続けることには意味がある、ということである。
 聖書の中には教会と訳された「エクレジア」という言葉は数回しかでてこない。この言葉の本来の意味は「集まり」だそうだ。神様によって呼び集められた人々の「集まり」である。その集まりの中で人は癒され、もう大丈夫、と感じられれば、明るい顔で家路につくことが出来るのであろう。それが教会の本来の姿である。即ち、本来教会はオアシスなのである。しかし、人が集まると、別方向へ歩きだすことも事実である。そのため、敷居の高い教会が出来上ってしまったのである。だから、オアシス教会にするためには、そこに集う人々が力を出し合ってオアシスを意識的に作ろうとしないとならないのである。
 教会の本来の機能を取り戻し、オアシスにするために、次のような提案をしたい。自分の持っているタレントを教会のために使ってみませんか。与えられるよりは与えてみませんか。その方が喜びも大きいはずです。今の多摩教会には皆さんの持っているタレントが必要です。少しずつ教会の仕事を分担すればもっと素晴らしい教会になるのだと思います。
 そして、オアシスに属していることを楽しもうではありませんか。そのようなオアシスには人々が集まってきます。

投稿記事

スモールクワイヤによるチャリティコンサートのお礼

イエスのカリタス修道女会多摩修道院 院長 シスター山口

 1月13日(日)10時のミサ後、イエスのカリタス修道女会スモールクワイヤのチャリティコンサートを皆様のご協力により、無事終了することができました。
 当日は遠距離からのお客様も含め大勢の方々がご参加くださり、歌を通して祈りを共にすることができました。
 またチャリティへのご協力も多大で武蔵野ダルクへまとまった金額の寄付ができるとスモールクワイヤのメンバーも喜んでいました。
 晴佐久神父様がじめ多摩教会の皆様のご協力に心から感謝申し上げます。又、当日ご奉仕下さった方々にも心から感謝いたします。有難うございました。
 来る3月10日(日)には、イエスのカリタス修道女会日本管区本部(杉並区)におきまして、午後1時30分より東日本大震災の被災者に思いを寄せる集いが行われます。お時間の許す方はそちらの方にも是非足をお運びください。
 詳細はイエスのカリタス修道女会ホームページスモールクワイヤコンサート出演予定をご覧ください。

2013年バックナンバー

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2013年


12月号

( No.484)

2013.12.21

カリタス釜石の新センター建設資金援助のお願い晴佐久 昌英 神父
耀うBABY ANGEL稲城・川崎地区
小俣 亜里
コルベ会の活動停止に際しコルベ会
波田野 洋子
「初金家族の会」12月例会報告


11月号

( No.483)

2013.11.16

バチカン庭園の聖母像晴佐久 昌英 神父
カトリックとの出会い愛宕・乞田・鹿島・松が谷・和田地区
加勇田 明子
五日市霊園多摩教会墓地への墓参委員長補佐
北村 司郎
「初金家族の会」11月例会報告広報


10月号

( No.482)

2013.10.26

あんぱんまんとイエスさま晴佐久 昌英 神父
美味しいパスタスープの作り方桜ヶ丘地区
奥原 華
どうぞおはいりください(おやつの会)関戸・一ノ宮地区
尾崎 ナオ
「初金家族の会」10月例会報告


9月号

( No.481)

2013.9.21

岩 波 ホール晴佐久 昌英 神父
祈りと行動の調和を目指して諏訪・永山・聖ヶ丘地区
清水 祐子
ワールドユースデーに参加して貝取・豊ヶ丘地区
塚本 博幸
人間の原点に戻った「無人島キャンプ」諏訪・永山・聖ヶ丘地区
伊禮 正太郎


8月号

( No.480)

2013.8.17

仲間たちと、出発しましょう!晴佐久 昌英 神父
私を支えてくれるもの愛宕・乞田・鹿島・松が谷・和田地区
石濱 裕絵


7月号

( No.479)

2013.7.20

世界がガラリと変わる晴佐久 昌英 神父
入門講座を垣間見て諏訪・永山・聖ヶ丘地区
青柳 敏一


6月号

( No.478)

2013.6.15

50年後の多摩教会晴佐久 昌英 神父
心のオアシスを求めて稲城地区 竹内博年


5月号

( No.477)

2013.5.18

一緒にいるよ晴佐久 昌英 神父
歌は最高の祈り、音楽は聖霊の湧き出るオアシスの泉
〜私の信仰告白として〜
稲城地区 小俣浩之


4月号

( No.476)

2013.4.20

光と、ことばと、水と、パン晴佐久 昌英 神父
帰国中年が出会ったオアシス日野・野猿地区
渡邉 顕彦


3月号

( No.475)

2013.3.23

釜石ベースのために、中古ワゴンを贈りたい!晴佐久 昌英 神父
「オアシス広場」一ノ宮・関戸地区
吉村 征哉


2月号

( No.474 )

2013.2.16

ここで葬儀ミサをしてほしい晴佐久 昌英 神父
ゆるしの秘跡についてイエスのカリタス修道女会多摩修道院 院長 シスター山口
齋藤準之助さんのこと北村 司郎


1月号

( No.473 )

2013.1.19

洗礼シーズン到来晴佐久 昌英 神父
荒れ野のオアシスとなる教会をめざして鶴牧地区 北村司郎
スモールクワイヤによるチャリティコンサートのお礼イエスのカリタス修道女会多摩修道院 院長 シスター山口

巻頭言:主任司祭 晴佐久昌英神父

市民クリスマス

主任司祭 晴佐久 昌英 神父

 いつのころからか、「市民クリスマス」という行事に講師・メッセンジャーとして招かれることが多くなりました。
 「市民クリスマス」というのは、12月の日曜午後などに、市民ホールのようなところに信者はもちろん一般の人も集めて、共に祈ったりキャロルを歌ったり、ゲストの演奏や講師のメッセージを聞いたりする集いです。多くの場合はプロテスタント諸教派とカトリック教会が合同で主催しています。
 そのような集まりに招かれることは、信仰の有無や教派の違いを越えて、だれにでも通用する普遍的な福音を語る神父だと思われているという意味では、とても名誉なことですし、その期待に応えたいという熱い思いも湧いてきます。

 今年もさる日曜日、鹿児島の市民クリスマスでお話をしてきました。鹿児島はさすがに遠く、多摩教会の主日ミサを終えてすぐに羽田に向かい、飛行機の中で遅い昼食を済ませ、鹿児島に着くと迎えの車が来ていて、高速を飛ばして会場に着くとすでに大勢集まっている・・・そんなバタバタな感じでしたけど、どこも似たようなものですし、それでもいいよと自分に言い聞かせています。ともかくも、ほんの一つでも福音を語れるなら、慌ただしかろうと、準備不足だろうと、仕方ないよ、と。
 もっとも、今回の鹿児島はいつもとは違って、「なるべく晴佐久神父の話を長く」という趣旨で、演奏やコーラスを省いた企画になっていたため、「90分以上、たっぷりお話しください」と言われました。「どうぞ好きなだけ」ということでなんだかうれしくなり、夢中になって時間オーバーしてしゃべりまくってしまいました。
 一般の人もいるところで好きなだけ福音を語れるというのは、キリスト者として本当にうれしいことです。想像してみてください。鹿児島のどこかに、つらい試練に見舞われている人がいます。30代の女性としましょう。彼女は生きる意味を見失い、自分は見捨てられたと感じてうつ状態になり、必死に救いを求めています。ある日、ふと教会の前を通りかかると、「市民クリスマス」というポスターが貼ってあります。もうクリスマスかと、何気なく読んでみると、こう書いてありました。
  講師:晴佐久昌英先生・演題:神さまとの絆
  内容:「親子の絆が切れないように、神と人との絆は決して切れません。お母さんと手をつないで歩く幼子のように、安心して歩んでまいりましょう。愛するわが子の手を、お母さんは絶対に放さないのですから」
 (神さまなんて、ホントにいるのかしら・・・でも、行ってみようかな)
 そうして彼女が当日、会場の隅に座っていると、神父が出てきて話し出します。
 「つらかったでしょうけど、もう大丈夫です。安心してください。今、神さまは、キリストの口をとおして、あなたに話しかけています。『お前を愛しているよ』と」
 彼女の目から、とっても素直な涙がこぼれ落ちます。
 「信じてみようかな・・・」

 鹿児島では、10年近く前にも、講演会をしたことがあります。そのときも、すべての人を救うまことの神の親心についてお話しし、あなたはもう救われていると宣言し、神の愛に目覚めて洗礼を受けましょうと呼びかけたところ、それに応えて受洗を決意し、実際に翌年洗礼を受けたという人が現れました。今回はその人が、ぜひ救ってあげたいと思っている友人を連れて来ていましたので、同じように呼びかけましたが、こうして、時代を超えて救い主が働き続けている事実に、感無量でした。
 クリスマスとは、つらい現実を生きている人のところに、神の愛そのものである救い主が生まれてくるという、現実の出来事です。その意味では、集まった様々な人の心の中に実際に神の愛が生まれる市民クリスマスこそは、まさにこれぞクリスマス、と言っていいでしょう。
 多摩教会では、12月23日に「祈りと聖劇の夕べ」を開催します。単独の教会ではありますが、これもまた多摩市における市民クリスマスです。救ってあげたい方がおられましたら、ぜひお招きください。

巻頭言:主任司祭 晴佐久昌英神父

カトリックとプロテスタント

主任司祭 晴佐久 昌英 神父

 よく、「カトリックとプロテスタントって、どう違うんですか」と聞かれます。ひとことでは答えにくいので、「福音の本質においては、何も違いません」と答えることにしています。「どう違うのか」と言う質問ですから、これでは答えになっていないのですが、多くの場合あまりにも違いを強調しすぎるので、「福音」と言う最も本質的なところで共通しているキリストの家族であることをこそ、知ってほしいのです。
 天の父がすべての人を愛していること。イエス・キリストによってその愛が決定的に注がれたこと。神の愛の働きである聖霊によって教会が生まれたこと。今日もその教会が、この「父と子と聖霊」よる救いを宣言し続けていること。これらの福音は永遠であり、主の復活から今日にいたるまで、ともに福音を語り続けていることにおいては、カトリックもプロテスタントも何ら違いはありません。
 もちろん、秘跡の捉え方であるとか教皇制であるとか、教義上の差異は多くありますが、それにしても太陽の党と維新の会ほどには違いません。私たちはお互いにもっともっと知りあうべきですし、時間をかけてお付き合いすれば必ず一致できることを信じて、キリストの家族であることを喜ぶべきです。そのことは、個人的にここ数年、プロテスタント教会の多くの牧師や信徒と関わる機会を持つようになって、確信しています。

 司祭になってから、近隣のプロテスタント教会とごあいさつ程度のお付き合いをすることはありましたが、ここ数年プロテスタント教会に招かれて説教や講演、講話をするようになってからは、意識が全く変わりました。なにしろ、目の前の信徒たちに、福音を語るのです。違いだのなんだの言ってる場合ではありません。現実にキリストの福音を涙流して聞いている人たちを前にしていると、自分がカトリック司祭である以前にキリストの弟子、「福音宣教者」であることを強く意識させられるのです。
 そんな体験のもとに気づかされたことは、「教会一致は、まずは福音を語るということにおいて、最も現実的になる」ということです。
 5年ほど前の国際聖書フォーラムでの講演に始まり、FEBCでのラジオ放送やインターネットでの説教配信によってプロテスタント諸教会からの講演依頼が増え、日本基督教団の各地での信徒大会、聖公会の教区婦人大会、ナザレン教団の牧師の研修会、ルーテル神学大学での教話、青山学院での礼拝説教、各地の市民クリスマスでのメッセージ、被災地新生釜石教会でのお話しなどなど、時々こんな自分の存在自体が教会一致のひとつの証しになっていると感じるようにもなりました。来年は、聖公会の中高生大会でのお話なんてのもあります。ある友人はそんな私のことを、エキュメニズム(教会一致運動)にかけて、「エキュメン」と呼んでくれています。

 これを書いている2日前も、信州飯田のプロテスタント教会で近隣の教会の方たちを前にお話をしてきました。若い牧師夫妻と親しくなり、その苦労話を聞いて親近感を持ち、信者さんたちと分かち合って、「ああ、どこも一緒だなあ、出会いって素晴らしいな」と共感しました。翌日は同じく信州の、日本基督教団諏訪地区の教会連合の勉強会で講演をしました。多くの牧師たちと知り合い、その苦労や喜びを聞き、信徒の様々な悩みや質問に答え、「ああ、神さまの家族っていいなあ、聖霊の働きって素晴らしいな」と感動しました。
 カトリックの神父がこうしてプロテスタントの教会でごく普通に福音を語り、信徒がごく自然に救われるという事実は、大きな希望だと思います。ユーモアとして両者の「違い」の話が出ることはありますが、福音に感動してつながっている現実には全く違和感はありません。
 教会の一致は、まずは福音における共感から。出会いの霊である聖霊が働けば、すべてが可能です。教会は、聖霊によって生まれたのですから。


※ 参考 ※
カトリックとプロテスタントについては、晴佐久昌英神父の主日の説教集 『福音の村』 の2012年11月25日(「王であるキリスト」の祭日)説教、「今聞いているあなたに」でも触れています。宜しければご一読ください。>>> こちら